FOMCを来週に控えた今(2024年3月現在)、メディアや市場関係者の間ではさまざまな憶測が広がっています。常に冷静な判断を求められるのが私たち投資家ですが、現状把握を誤らないためにはどうするべきなのでしょうか。今回は、米国金融政策の歴史的背景とビジネス・トレンドの変化を追いながら、投資家に必要な心得をプロのファンドマネージャーがお伝えします。
投資での資産形成をお考えの方も、既に投資を始められている方も、ご自身の知識と照らし合わせながらご覧ください。
(Fund Garage編集部)
米国の金融政策今昔
2024年3月19日から、FRBによるFOMCが開かれる。
それらを目前とした今、米国では「まだまだ利上げは続くだろう」と考える市場関係者もいれば、「利下げがまもなく始まるだろう」と予測する人もいて、今後もメディアや市場はこの手の話題に支配されそうだ。
しかしながら、そのような予測はやはり「予測」にしかすぎず、我々投資家はその「予測」に流されず冷静に判断することが必要である。
そのためには、「そもそもなぜ現在の金融政策が行われるに至ったのか」を知る、つまり歴史を学ぶのがよいだろう。
次項から、2000年前後: ドットコムバブル (Dot-com Bubble)の時代と、2004年前後: 住宅バブル (Housing Bubble)の時代を例に、現在の米国金融政策との違いを明らかにしていこう。
2000年前後「ドットコムバブル」の金融政策
※日本では「ITバブル」とか、「ネット・バブル」とも言われるが、米国では当時「ドットコム・バブル:.com(dot com) bubble」と呼ぶのが一般的だった。
〈背景〉
- この時期、米国経済はインターネットの民間転用拡大から、テクノロジー関連の企業を中心に急成長していた。
- 「TCP/IP」、すなわち「インターネット・プロトコル※1」によるネットワーク通信技術が、ハードウェアからソフトウェアまで、一気に普及した時期である。
- 多くの投資家がテクノロジー関連の株を購入し、株価が急騰。
- インフレ率も3.4%と比較的高い状況にあった。
〈対策〉
- 株価の急騰とそれに伴うバブルの形成(=根拠なき熱狂※2)を危惧し、FRBは経済の過熱を抑えるために利上げを行った。
〈結果〉
- 多くのドットコム企業が収益を上げることができないまま、バブルが崩壊した。
- しかし、2001年には2.8%、2002年には1.1%とインフレ率が低下し、経済は冷え込んだ。
※1…「インターネット・プロトコル」とは、現在も使われている標準的なインターネット通信の仕組みのこと。
※2…「根拠なき熱狂、Irrational Exuberance」とは、当時のFRB議長であったアラン・グリーンスパン氏が、株高に警鐘を鳴らすために初めて使用した言葉。ファンダメンタルズに裏付けされない、過度な投資意欲を指す。
2004年前後「住宅バブル」の金融政策
〈背景〉
- この時期、ドットコム・バブル退治目的の急激な金融引締めが景気後退へと繋がり、再び金融緩和が始まっていた。
〈原因〉
- この低金利政策やサブプライムローン※3の拡大により、低所得者層も含む多くの人々が住宅を購入していた。
- この住宅のブームにより不動産価格が急騰。
〈対策〉
- FRBは、経済の過熱とインフレ圧力を抑えるために利上げを行った。
〈結果〉
- しかし、2006年の終わり頃から住宅ブームは去り、住宅価格の下落が始まり、サブプライムローンの債務不履行が増加。
- これにより、住宅市場が崩壊した(=サブプライムローン問題)。
- さらに、この「サブプライムローン問題」は、2008年の「リーマン・ショック※4」へと発展し、世界的な金融危機の引き金となる。
※3…「サブプライムローン」とは、信用力の低い個人への高金利な住宅ローンのこと。審査基準は緩く、初めのうちは低金利だが、徐々に金利を上げていく仕組み。住宅ブームの過熱により住宅価格が上昇していた当時、それを担保としてローンを組んでいたが、ブームが去って住宅価格が急落すると多くの低所得者が返済能力を失い、債務不履行となった。
※4…「リーマン・ショック」とは、サブプライムローンを組み入れた証券を大量に保持していた米大手証券会社「リーマン・ブラザーズ」が倒産したことによる、世界的な金融危機。
現在の物価上昇における金融政策
〈背景〉
- 現在、アメリカ経済は、COVID-19のパンデミック後の回復期にある。
- このCOVID-19のパンデミックは、意図せず、過去とは不連続な形で急激に経済活動を停止させたという特異性がある。
〈原因〉
- ポストコロナの急激な経済回復が、失業率を3.5%前後に低下させ、労働市場が逼迫したために賃金が上昇したことが、物価上昇の最大要因。
- それに加えて、ポストコロナの急激な立ち直りはサプライチェーン(供給連鎖、物流)の目詰まりを引き起こし、物価上昇へと繋がった。
〈現状〉
- これらにより、ディマンド・プル型※5のインフレ圧力が高まったというのが現状認識。
- 悪いことに、ロシアのウクライナ侵攻が穀物価格やエネルギー価格の高騰をも誘発し、インフレが加速した。
- 2022年6月: 総合物価の12ヶ月間の上昇率は9.1%であり、それ以前の6ヶ月間は7.0%以上の上昇が続いた。
- 2023年7月: インフレ率は+0.2%、過去12ヶ月のインフレ率: 3.2%、コア・インフレ率: 過去12ヶ月で4.7%に低下。
〈対策〉
- FRBは、経済の過熱とインフレ圧力を抑えるために利上げやQT(量的締め付け)を行っている。
※5…「ディマンド・プル型」インフレとは、需要の上昇によって引き起こされるインフレである。詳細は、『FG Free Report CPI(消費者物価指数)と金融政策』を参照のこと。
物価上昇の背景が違えば、金融政策も変わるということ
2000年前後および2004年前後の時期も、現在と同様に経済の過熱やバブルの形成を懸念してFRBは金融政策を調整した。
しかし、その背景にある要因や市場の状況は異なっている。
FRBのメインターゲットは、2000年前後は株価の急騰、2004年前後は住宅市場の過熱であった。
一方で現在は、労働市場の緊張とそれに伴うディマンド・プル型のインフレが主な懸念対象となっている。
だからこそ、金利の期間構造も従来とは異なる形になっている。
ビジネス・トレンド今昔
市場を揺るがすのは金融政策だけではない
また、ビジネス・トレンドも市場に大きな影響を与えることは忘れてはならない。
今は間違いなく「生成AI」と「クルマのカーボン・ニュートラル化及び自動運転化」という2大潮流がある。 ⇒バックナンバーリスト
だが2004年から2006年(前回のFRBの金融引き締め期)は、ひと言で言うなら「Just before the big trend」という感じであり、その後の世界経済に正常な需要をもたらすほど力がある変化は起きなかった。
むしろどちらかと言えば、技術トレンドの「谷間」であり、ビジネストレンドの調整タイミングだったのだろう。
そこで下記に、(補足)として「パソコン周辺技術のロードマップ(2004-2006)」「モバイル機器(2004-2006)」「ネットワーク技術の動向(2004-2006)」「クラウドサービスのAWSがスタート」といった内容を整理しておいた。
中には、聞いたことのない固有名詞もあるかもしれないが、懐かしいものも多いので、当時を思い出しながら見てほしい。
(補足)パソコン周辺技術のロードマップ(2004-2006)
- CPUの中心ブランド:この時期、インテルは「Pentium」ブランドから「Core」ブランドへと移行。現在も進化を続ける「Coreiシリーズ」の登場は、「Core 2 Duo」(2006年)のあととなる。
(補足)モバイル機器(2004-2006)
- 2004年から2006年頃は、PDA(Pasonal Digital Assistance)の終焉とスマートフォンの台頭の過渡期であり、またNokiaやMotorola、Sony Ericssonなどのメーカーが、フィーチャーフォンや初期のスマートフォンを提供していた。またこの時期、カメラや音楽プレーヤー、インターネットブラウジングなどの機能が搭載された携帯電話が人気を集めていた。
- PDAは、PalmやHP(Hewlett-Packard)、Dellなどのメーカーから提供されていた。SONYもPalm OSを搭載したClieシリーズを展開した。これらのデバイスは、徐々にスマートフォンに取って代わられるようになる。私はClieを実際に利用していたが、WiFi接続した状態なら、実は使い勝手はiPhoneと遜色無いほどだった。
- 2007年にiPhoneがAppleから発売された。iPhoneの登場がスマートフォン業界に革命をもたらし、多くの従来のモバイルデバイスメーカーに大きな影響を与えた。
- Blackberryがビジネスユーザーを中心に非常に人気。物理キーボードを持つデバイスで、セキュアなメール通信やスケジュール管理などのビジネス機能が強化されていた。
(補足)ネットワーク技術の動向(2004-2006)
- ブロードバンドの普及:ブロードバンドインターネットの普及が進んだ。ADSLやケーブルインターネットが家庭や企業で一般的に利用されるようになった。ただ初期のADSLは、昨今の光ケーブルで得られる速度とは雲泥の違いがある。
- 無線LAN技術:Wi-Fi技術が普及し、多くのデバイスが無線LANに対応するようになった。特に、IEEE 802.11gや後の802.11nの標準が確立され、高速な無線通信が可能となった。インテルが提唱した「Centrino」という考え方が普及を後押しした。
(補足)クラウドサービスのAWSがスタート
- 2006年、Amazon Web Services (AWS) は公式にスタートした。最初のサービスとして「Amazon S3」(Simple Storage Service)がリリースされ、クラウドストレージサービスとして提供された。これに続いて、同年に「Amazon EC2」(Elastic Compute Cloud)がリリースされ、仮想サーバーの提供を開始した。これにより、企業や開発者は物理的なサーバーを持たずに、クラウド上でアプリケーションを実行することが可能となった。間もなく、初期のストレージサービスである「amazon Drive」がサービス終了となるとは、何とも意味深い。
「ビジネス・トレンド」バックナンバーリスト
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- 『Generative AIとの正しい付き合い方(2月27日号抜粋)』
- 『生成AIが世界を牽引する(3月20日号抜粋)』
- 『Amazon.comとAWSの生成AIへの取り組み(4月17日号抜粋)』
- 『エヌビディアと生成AI(5月29日号抜粋)』
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まとめ
今回は、以下の内容を中心に、米国の金融政策とビジネス・トレンドの変化についてお伝えした。
- 「ドットコム・バブル」期(2000年前後)では、株価の急騰による物価上昇を抑えるための金融政策がとられた。
- 「住宅バブル」期(2004年前後)では、住宅価格の急騰による経済過熱を抑止するための金融政策がとられた。
- 「コロナ回復」期にあたる現在は、デマンド・プル型インフレの圧力を抑制するための金融政策がとられている。
- 今と昔では金融政策の背景も違えば、ビジネス・トレンドも大きく異なる。その理解がないと、今後の判断を見誤る可能性につながる。
冒頭でもお伝えしたが、中央銀行の金融政策がどうなるかというメディア報道や市場予想は、あくまでも「予想」の範囲を超えない、ということである。
順当に考えれば利上げは続くだろうが、権力者の一声でいきなり利下げを開始するかもわからないのだ。
しかし、その一方で「ビジネス・トレンド」はというと、明日急に「AI事業は中止です」とはならないだろう。なぜなら「ビジネス・トレンド」は「世界中の人が描く夢の結晶」であるからだ。
ぜひ、このような考え方をコアに持って、投資活動を行ってみてほしい。
編集部後記
こちらは、Fund Garageプレミアム会員専用の「プレミアム・レポート」の再編集版記事です。
公開から半年以上経った記事になりますので、現在の情勢とは異なる部分がございます。当時の市場の空気と、普遍的な知見を皆様にお届けできれば幸いです。
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