FG Free Report CPI(消費者物価指数)と金融政策(1月23日号抜粋)

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私たちの生活を圧迫し続ける現在のインフレ。食料品や電気代は急騰するばかりなのに、お給料はなかなか上がらない…。と頭を悩ませる方は多いかもしれません。このような日本のインフレには、一体どのような原因が隠されているのでしょうか。また、国は適切な対策をとっているのでしょうか。今回はそんな私たちが抱える問題を、プロのファンドマネージャーが解決していきます。

投資での資産形成をお考えの方も、既に投資を始められている方も、ご自身の知識と照らし合わせながらご覧ください。

(Fund Garage編集部)

一次情報から本当の課題と適切な解決策を探る

不安を煽るメディア報道 ——「アテンションエコノミー」の弊害

2022年12月の消費者物価指数(CPI)が、1月20日に発表された。

これについて、「消費者物価、22年12月4.0%上昇 41年ぶり上げ幅」というような見出しの報道をそこかしこで目にする。

殆どのニュース番組で「大変だ、生活が苦しい」の大合唱が聞こえてくる。

この物価高はアベノミクスに始まった日銀の超異次元緩和円安誘導、そして今なお続く「黒田日銀の金融政策:YCC(イールドカーブコントロール)」が失策であるかの如き論調が支配的だ。

このように、最近の報道はどうにも国民の不安を煽るようなものが多く、ネガティブ・バイアスに偏りすぎているように思えて仕方がない。

これはつまり、見出しをキャッチーにしてビュー数を稼ぐ「アテンションエコノミー」と呼ばれるものの弊害であろう。SNSやネットニュースのような新興メディアのみならず、大手マスメディアにもこの影響が見られるのは嘆かわしいことと言える。

正直、いつもこれらに踊らされていては悲劇だ。

情報が錯綜する今の時代、これらのバイアスを跳ね返すには、自分自身で確りと「ビュー(見通しや見解)」を持つ必要がある。

 

そこで今回は、総務省が発表したCPI(消費者物価指数)の内容について精査し、我が国の現状を正しく把握していきたい。

つまり、メディアの報道ではない、正規の一次情報を見ようということだ。

では早速内容を紐解いていこう。

CPIの定義と見方

CPI(=Consumer Price Index、消費者物価指数)とは、商品やサービスの価格変動を指数で表したものである。過去のある時点を基準として、現在同じまたは同等のものを購入した際どれくらいの価格差があるのかを算出する。

日本の消費者物価指数は、

  • 「総合」
  • 「生鮮食品を除く総合(=コアCPI)」
  • 「生鮮食品及びエネルギーを除く総合(=コアコアCPI)」

の3種類に分けて発表される。

さて、まず下の表1、最右列にある12月分を見ると、上から3段目には「4.0」とある。これが正に「消費者物価、22年12月4.0%上昇 41年ぶり上げ幅」であることを説明している部分だ。

「総合」の項目は、左側にある2021年12月だと「0.8」であり、その後、2022年はほぼ右肩上がりにCPIが上昇してきたことが見て取れる。

しかし注目すべきは、「生鮮食品を除く総合(=コアCPI)」の項目(下段)、さらに「生鮮食品とエネルギーを除く総合(=コアコアCPI)」の項目(最下段)に行くほど、その数値は小さくなっている点だ。

そしてもはや2022年1月から3月のコアコアCPIは、マイナスだったことが分かる。

(でも既にこの頃から、「なぜ日銀は利上げをしないのか?」という論調は存在していた。)

そして、今度は右側12月の「総合」と「生鮮食品を除く総合」とを比較すると、全く同じ数値「4.0」が並んでいることに気付く。これが意味するところは、総合から生鮮食品を除いても数値は一緒、つまり「生鮮食品は物価上昇していない」ということだ。

同じ捉え方でここからもう一段下がると、「4.0」が「3.0」に変わっている。すなわち、エネルギーが1.0分は消費者物価指数を引き上げたということだ。

表2で同じ2022年12月の部分を見ると、前月比ベースでは生鮮食品は0.1上昇しており、逆にエネルギーは0.1下落していることが分かる。

 

そして次に、表3を使って、前年同月の10大費目の寄与度を確認していこう。

何が上昇に寄与したかは一目瞭然で、今話題の電気代やガス代である「光熱・水道」が前年同月比+15.2%、「生鮮食品を除く食料」が前年同月比で+7.4%となっている。

生鮮食品を除く食料とは要は加工食品のことであり、食用油の値上がり、光熱費の値上がり、そして物流コストの上昇が如実に反映された結果と言えるだろう。

光熱・水道に関しては天然ガスなどの値上がり分が価格転嫁され始めているからであり、また日本固有の「(原発稼働に関する諸問題に由来する)電力コスト高」という問題が根底にあると言える。

つまり、日本のインフレは「コスト・プッシュ型」の物価上昇だ。

米国のCPI とインフレ vs. 日本のCPIとインフレ

さて、物価上昇(インフレ)には以下の2種類がある。

  1. 「ディマンド・プル型」 …「需要牽引型」。需要の上昇によって引き起こされるもの。
  2. 「コスト・プッシュ型」 …「原価高騰型」。物価の上昇によって引き起こされるもの。

日本のCPIを引き上げている要因は、

  • 原油価格、天然ガス価格、そしてそれらから作られるエネルギー価格
  • また輸入に頼る食用油やそれらを利用した食品
  • 輸入穀物(肥料や飼料としても使われる)

などの値上がりが理由となる「コスト・プッシュ型の物価上昇」であることは前項で述べた通り。

 

ではアメリカの状況はどうだろうか?米国労働統計局が発表したCPI(下図)を見てほしい。

まず日本のそれと比較すると、まだまだ日本の上昇のペースは緩やかなことが分かる。

米国でインフレが深刻になった一番の理由は、賃金とシェルター(=家賃)の上昇である。ガソリン価格の上昇も一時期は取り沙汰されたが、上記表では既に問題になっていないことが読み取れる(対前年比、対前月比共にマイナス)。

賃金上昇を招いた理由を整理すると、

  1. COVID-19の感染拡大で経済活動が急激に縮小、雇用慣習で大量の人員解雇が発生
  2. その後ワクチン接種の普及などで正常化し、一気に需要が回復して需給バランスが崩れた
    ⇒企業「何としても労働力が欲しい」
  3. バイデン民主党政権が景気刺激策としてかなりのばら撒き支援策
    中・低所得者層「働かなくてもお金が入るので労働する必要が無い」

この2と3が労働市場のアンバランスを生み出した。

つまり、急回復する需要の中で労働力を手に入れたい企業は賃金を上昇させ、その分が価格に転嫁されて物価が上昇したのである。

加えて、米国は今や産油国であり、自国通貨高(ドル高)で輸入物価は低下する。つまり、日本とはまるで真逆の状況にあり、輸入エネルギーによるコスト・プッシュ型のインフレは起こらない。

米国のインフレは明らかに「ディマンド・プル型」なのである。

日米でインフレの要因が根本的に違うのだ。

もう1つ頭に入れておいて欲しいこと

「CPIが”急騰”している」と言っても、全体的な変化率を正視すると、米国では対前年比「+6.5%」、日本では対前年比「+4.0%」となっている。

勿論、値上がりが著しい単品を思い浮かべるとこの限りでないことは事実だ。

だが冷静に計算してみれば、昨年100ドルだった消費者物価が106.5ドルになっている、或いは昨年10,000円だった消費者物価が10,400円になっている、ということだ。20%も30%も上がっているわけではない。

繰り返すが、値上がりが著しい単品を思い浮かべるとこの限りでないことは事実だ。それは百も承知である。

だが、「物価急騰が生活を直撃」という字面のインパクト、「アテンション・エコノミー」に呑まれる前に、実際に自分で数値化してみることで状況を正しく捉えることが重要だ。

日本のインフレ対応策として「利上げ」は適切か?

インフレには2種類あり、それぞれ原因が違うことが分かったが、では対処法はどのように異なるのだろうか。日銀に「利上げ」を求めることは適切だと言えるのだろうか。

 

米国で見られた「ディマンド・プル型インフレ」は欧州でも同様で、そもそもの背景は欧米の雇用慣行にある。

それは、収益が上がらない時の解雇や人員整理が、欧米では全く珍しいことではないということだ。そして日本ほど充実した社会保険制度なども無い。

ここでわかりやすく、航空会社を例にとって比較してみよう。

コロナ禍のパンデミックにより飛行機の旅客需要が急減した時、欧米では航空会社の社員や空港の職員などが一斉に職を失った。(だからこそ、需要が回復し始めた途端、ドイツでは職員の人手不足が原因で空港が全くの機能不全に陥り、社会問題となったことも記憶に新しい。)

その一方日本では、JALやANAの例が有名だが、優秀なスキルを無駄に手放さないで済むように、CAやグランドクルーなどを社籍を残したまま出向させた。賞与や手当は減収となったはずだが「失職」という状況にはならず、旅客需要の回復と共に徐々に呼び戻しが進んでいる。

 

結論、欧米は賃金上昇による「ディマンド・プル型インフレ」だからこそ、需要の急激な立ち上がりに歯止めをかける金融政策に効果がある。

だから実際に急激な利上げをして、金融を引き締め、需要を抑え込む金融政策が選好されたのだ。

 

一方で日本の場合、インフレの種類は「コスト・プッシュ型インフレ」だ。ミクロで見れば「失業」という問題もあったとは思うが、マクロで見ればそもそもの雇用慣行からしても、雇用は守られた。

つまり日本は、物価は上昇する一方だが賃金はほとんど上がっていないということになる。

では、物価上昇を抑えるにはどのような対策を打てばよいのだろうか。

前述のとおり、CPIの上昇の大きな理由の一つが、輸入に頼る原油や穀物、食用油などの価格が高騰していることにある。

果たして、この輸入物価の上昇を「金融政策の変更」で食い止められるだろうか。

確かに輸入物価上昇の理由のうち、ドル円の為替変動に関しては、政府の財政政策や中央銀行の金融政策である程度コントロールできる面がある。

しかしながら、海外で起こった物価上昇を抑制することはできない。

言い換えれば、日銀が利上げしようが、利下げしようが、ウクライナの小麦価格には何ら影響は与えないし、イタリアのオリーブオイルの値段を下げることもできないということだ。

このように、「物価上昇」という意味では一緒でも、欧米の「ディマンド・プル型インフレ」と、日本の「コスト・プッシュ型インフレ」とでは全く原因も異なれば、対処法も異なることがお分かりいただけたと思う。

さらに言うなら、「世界各国の中央銀行が利上げをしているのに、なぜ日銀は利上げせず、YCCに固執するのか?」という論調が、どれだけ的外れなのかが明白になっただろう。

(日銀のYCC修正についての詳しい内容は、『日銀のイールドカーブコントロール修正は何を意味するか』の記事をご参照いただきたい。)

まとめ

今回の記事をまとめると、

 

  1. 今日のメディアは、「記事の質<世間の興味関心を集めること」になりつつある。
  2. 日本のCPI上昇の最大の理由は、原油、ガス、輸入物価の高騰である。
  3. 日本のインフレは、「コスト・プッシュ型」。
  4. 米国のCPI上昇の最大の理由は、賃金と家賃の高騰である。
  5. 米国のインフレは、「ディマンド・プル型」。
  6. メディア情報のみを鵜呑みにせず、まずは一次情報を自分で確かめよう。

 

であった。

日米で「インフレが起きている」と一口に言っても、その根本的な原因や状況は違うので、異なる対策が取られるのは当然だ。

違いをきちんと理解しておかないと、それぞれの中央銀行の考えを見誤ってしまうだろうから、注意が必要だ。

日銀は年4回(通常1月、4月、7月、10月)の政策委員会・金融政策決定会合において、先行きの経済・物価見通しや上振れ・下振れ要因を詳しく点検する。そして、金融政策運営の考え方を整理した「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)を決定し、公表している。

「日銀_経済・物価情勢の展望(2023 年1月)」

是非上掲のリンクから添付のPDFを開いて、全文そのままを精読していただきたい。

今回のレポートでは内容の詳細な掲載は省くが、日銀が考えている物価見通しとしては、2023年度半ばにかけてプラス幅を縮小していくようだ。またその背景理由も明記してある。

だとすれば、今の日銀の金融政策は極めて妥当な判断ということになる。

逆にもしここで利上げをするようなことがあれば、間違いなく株価は急落するだろう。

為替も再度円高に振れるかもしれない。

長期金利が跳ね上がれば、住宅ローン金利も連動して上昇し、企業の調達コストも跳ね上がる。

国の利払い費用も膨れ上がり、財政圧迫から増税の必要性が議論されるようになる…。

今利上げを行えばこのような未来になるかもしれないということは、しっかりと資料を精読している人ならば想像できるだろう。

だから、まずは一次情報を重んじ、必要に応じてその解釈を探すというのが正しい投資家のあるべき姿だと言える。

編集部後記

こちらは、Fund Garageプレミアム会員専用の「プレミアム・レポート」の再編集版記事です。
公開から半年以上経った記事になりますので、現在の情勢とは異なる部分がございます当時の市場の空気と、普遍的な知見を皆様にお届けできれば幸いです。
また、こちらは無料版記事のため、最新の情報個別企業の解説についてはカットしております。
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