クレディ・スイスの合併やドイツ銀行の株価急落など、米国SVB(シリコンバレー銀行)の経営破綻を皮切りに相次ぐ欧米の金融不安。これら諸問題は今後の世界経済にどのような影響を与えるのでしょうか。また、そんな問題のさなか行われたFOMCで、FRBはどのような対応を見せたのでしょうか。プロのファンドマネージャーの視点からお伝えします。
投資での資産形成をお考えの方も、既に投資を始められている方も、ご自身の知識と照らし合わせながらご覧ください。
(Fund Garage編集部)
タカでもハトでもない中庸を取ったFRB
SVB破綻後のFOMC
SVB破綻(詳細は『SVB経営破綻の原因と意味』を参照。)に始まり、クレディ・スイスの合併(※1)、そしてドイツ銀行の株価大幅下落(※2)という世界的金融不安の中で、3月21日と22日にFOMCが行われた。
結果、FOMCは無難に0.25%の利上げを宣言して終わった。
プレスリリースの内容、経済見通し、そしてドットチャートも極めて中立を保った印象を受けた。
そしてパウエル議長の記者会見もいつも通り行われた。もちろん市場の関心事は「パウエル議長のコメントから更なる追加情報を聞き出せないか」ということだったが、正直なところ、今回の議長コメントはまさに中立だった。
そうした流れを受けて、各市場の先週の騰落率は下記の通りとなった。
今回は、そんな欧米金融不安が高まる中でFRBが下した判断と、今後その金融不安がどのような展開になっていくのかを考察していく。
※1…クレディ・スイスの合併の概要と背景
- 投資・取引先の破綻
- 不祥事(マネーロンダリング対策不備、顧客データ大量流出、モザンビークでの汚職関与など)
- 米国発の金融不安が欧州に飛び火
- 経営破綻を防ぐため、スイス最大の金融機関であるUBSが買収(救済合併)を発表
※2…ドイツ銀行の株価下落の概要と背景
- マネーロンダリング(資金洗浄)対策の遅れを理由に、FRBが1億8600万ドル(約260億円)の罰金をドイツ銀行に科した
- CDS(=クレジット・デフォルト・スワップ、企業が破綻したときに元本や利息等の損失分を補填する金融派生商品)価格が急上昇したことによる懸念
- クレディ・スイスが発行していた社債(CoCo債)が無価値化されたことによる、ドイツ銀行の社債への懸念
※1※2に関しては、本記事の後半で詳説していきます。
FOMCは何を伝えたか
3月21日と22日に開催された米国のFOMCは、22日の現地時間午後2時にプレスリリースで利上げを発表し、2時半からパウエル議長の記者会見が始まった。
プレスリリースの冒頭を引用すると(原文を和訳)、
『最近の指標は、支出と生産の緩やかな伸びを示しています。雇用の増加はここ数か月で回復し、堅調なペースで進んでいます。失業率は低いままです。インフレは引き続き上昇しています。米国の銀行システムは健全で回復力があります。最近の展開により、家計や企業の信用状況が引き締まり、経済活動、雇用、インフレの重しになる可能性があります。これらの影響の程度は不明です。委員会は引き続きインフレリスクに非常に注意を払っています。』
といった内容で始まる。そして0.25%の利上げを行うことが記されている。
正にタカにも、ハトにもならない内容だ。(タカ派とハト派についての詳細はFG Free Reportバックナンバー『「タカ派」と「ハト派」とは何か?』を参照。)
下の写真はその後の記会見風景のスクリーンショットである。
DODチャートとパウエル議長の会見
そしてもうひとつの注目点は、DODチャート(ドットチャート)だ。(DODチャートの見方についてはこちらの記事『ファンダメンタルズに着目して投資判断をする』で解説。)
ポイントとなったのは、2023年の予想水準は前回12月と変わらずとも、2024年が僅かながら0.2%ほど上昇していることだ。
ただし、あらためて強調されたのは、「DODチャートは、FOMC 参加者が今後最も可能性の高いシナリオであると参加者が判断したものであり、委員会の決定または計画ではない」ということである。
恐らく真意は、早期の利下げ期待に対して、背景には金融不安があるので、その猜疑心に「FRBはあまり気にしていない」というスタンスを示す為だと思われる。
この辺の一連の記者会見での説明は、早期利下げ期待(当然その裏にあるのは「金融不安」)を冷やすことに成功した。
市場は一連のパウエル議長の記者会見を聞きながら、今回のFOMCでは株価急落を再び演じて終わった。
恐らくパウエル議長の記者会見の冒頭で、雇用環境が引き続き極めてタイトであり、労働需要が利用可能な労働者の供給を大幅に上回っているといった点を強調したことが「利下げは無い」と市場に確信させたのだと思う。
ただ一方で重要なメッセージもあった。それは、
「前回の FOMC 会合以降、経済指標は総じて予想を上回っており、経済活動とインフレのモメンタムが高まっていることを示しています。 しかし、過去 2 週間の銀行システムの出来事により、家計や企業の信用状況が引き締まる可能性が高く、経済的な結果に影響を与える可能性があります。 これらの影響の程度を判断するには時期尚早であり、したがって金融政策がどのように対応すべきかを判断するには時期尚早です。 その結果、進行中の利上げがインフレを抑えるのに適切であると予想しているとはもはや述べません。 代わりに、追加の政策強化が適切である可能性があると予想しています 」
というものである。
つまり、金融不安により、与信判断が厳しくなることからFRBによる利上げ以上に金融引き締め効果が出るかも知れないということだ。これはFOMCメンバーの多くがDODチャートを作る時に考慮しているとも言及された。
欧米金融不安のゆくえ
米国地銀とG‐SIBsは異なる①――「債券の評価損」による取り付け騒ぎ
G-SIBs(Global Systemically Important Banks、ジー・ジブズ)であるクレディ・スイス、そしてドイツ銀行が、米国カリフォルニア州の地銀に過ぎないシリコンバレー・バンク(SVB)の取付け騒ぎの影響を受けた。
G-SIBsとは、名前の通り「グローバルなシステム上重要な銀行」で、金融安定理事会(FSB)が世界金融の安定のために不可欠な銀行をリストアップしている。2022年現在で30社が認められている。
さらに後述のG-SIFIs(Global Systemically Important Financial Institutions)は、「金融システム上重要な金融機関」のこと。G-SIFIsには、G-SIBsとG-SIIs(「グローバルなシステム上重要な保険会社」)が含まれる。
ただ冷静に考えれば、クレディ・スイスもドイツ銀行も、G-SIBsとは言いながらも既に経営状態に問題ありと、そもそも不安を持たれて疑われていたことが今回の問題の主な原因である。それが再熱しただけと考えてもらっていい。
従って、保有債券の評価損で預金者が取付け騒ぎを起こしたシリコンバレーバンク(SVB)の流れとは本来全く異なるものだ。
では、「保有債券の評価損」とはどういうことなのか確認しよう。
金利上昇時、債券の価格は下がる(金利と債券価格の関係性については『日銀のイールドカーブコントロール修正は何を意味するか』を参照)ため、評価損(=取得時の債券価格が、現在の債券価格よりも高い状態。)となる。
だが通常は満期まで保有し続ける前提の会計処理をしていれば、たとえ途中金利変動で債券価格が下落し評価損となっても、「満期保有=期限が来るまでの間に債券を市場に売ることはない」ので結果的に損が出ることはない。
しかしここで預金者が取付け騒ぎを起こし、預金をドンドン引き出してしまえば、銀行は資金の手許流動性が低下するので、融資を引き上げるか、運用している債券類などを売却して資金を作らなければならない。
そして満期保有前提で運用していた債券を市場に売ると、評価損が表面化し経営状況が悪化するという仕組みだ。
では、実際に経営状況がそこまで急激に悪化するほど、金利は上昇している(=債券価格は下落している)のだろうか。下のチャートを見て確認してみよう。
次に、10年債利回りと2年債利回り、それにFFレート(政策金利)を示したチャートも見てみよう。
2つのチャートから以下のことが読み取れる。
- 確かにFFレート(黒線)は0%から4.75%まで上昇した。
- 一方で長期運用の主体となる10年債は、そもそもスタート時で0%(ゼロ金利)までは低下しておらず、パンデミック時でも0.6%程度。
- その後も3.3~3.4%程度までしか上昇しておらず、FFレートと比較しても伸び幅は2%も小さい。
つまり、大して金利は上昇していない。言い換えれば、債券価格もそこまで絶望的には下落していないということだ。
また、満期保有で抱えている債券は全てパンデミック直後の低金利時に買われているわけではなので、より金利の高い時にも買われていると予想できる。
だとすれば、シリコンバレーバンク(SVB)をはじめ、今現在預金者の取り付け騒ぎに巻き込まれている多くの米国地銀の財務内容は、そこまで悪いとは思えないのだ。
つまり「米国地銀は大丈夫だ」という認識が醸成されてくれば、預金は全額保護されていることもあり、早晩落ち着くのではないかと思われる。
米国地銀とG‐SIBsは異なる②――AT1債(CoCo債)の損失拡大への不安
次は、G-SBIsの問題に焦点を当てよう。
日本国内でも、富裕層向けに結構積極的に取り扱っているプライベート・バンクや金融機関が多かったのが、CoCo債(Contingent Convertible Bonds)と呼ばれるAT1(Additional Tiear1)債だ。
CoCo債とは、金融機関の永久劣後債(償還期間のない債券)の一種で、予め定めた資本毀損(自己資本比率が、定められた基準を下回って低下したとき)の条件が当てはまると、自動的に元本がゼロになったり、株式転換されて大幅に元本棄損を起こしたりするタイプの特殊な債券だ。
要は、一般の債券のように満期まで保有していれば利息と一緒に元本が償還され、仮に発行体が倒産したとしても資金回収を行うことが出来るものとは全く性格が異なるのが、このCoCo債だ。
クレディ・スイスが発行したCoCo債はといえば、スイス当局の判断で元本ゼロにすることが出来るという特殊なものだった。
通常、他のCoCo債は株主の権利よりは優先されるので、ここまでの大きな事態にはならない。だが今回、実際にクレディ・スイスが発行したCoCo債が元本ゼロの取扱いとして決まったこともあり、AT1債(CoCo債)の保有者全体に一種のパニックが拡がっている。
CoCo債はその性格上、利回りは一般債券に比べれば高く、G-SIBsやG-SIFIsが発行体のものは多くの機関投資家が購入してしまっている。
今もし、リーマン・ショックのような金融危機に繋がる火種があるとするならば、恐らくここからのドミノ倒しだろう。(リーマン・ショックは、当初BNPパリバの子会社が運用するファンドが解約に応じられない事態になったことから始まった。)
米国地銀が取り付け騒ぎで仮に追加破綻してもそれは金融システム全体には波及しないだろうが、もしAT1債(CoCo債)の関係でトラブルが出てくると、そこから連鎖反応が起きる可能性までは現時点では否定出来ない。
ただそれはかなり慎重に、悲観的なストーリーを描いた場合のシナリオではある。
(実際、2023年10月現在は一連の金融不安は落ち着いています。by. FG編集部)
シンプルでわかりやすい金融商品と株式投資銘柄を選ぼう
CoCo債において、もし資本の毀損が起こった場合の対応方法にはさまざまな方法があり、それは発行時の目論見書をよく確認しないとならない。これは販売員、アドバイザー、そして投資家自身がきちんと確認する義務がある。
だが正直、私の経験から言えば、販売金融機関の商品部門の人間でさえも、ごく一部の担当者を除いて各債券の目論見書を隅々まで熟読・精読し、その上で内容を理解しているものは少ない。ましてや販売員をやである。
だからこそ、私は昔から「金融商品はシンプルで分かり易いものの方が良い」ということをお伝えしている。それは株式投資の銘柄選びでも同じだ。
つまり、自分自身で銀行預金以上のリターンを得られる「リスクの所在」をきちんと把握出来るもの、複雑怪奇なものには投資をしないということだ。
逆にもし投資をするならば、しっかりと信頼出来るアドバイザー(現実には残念ながら非常に少人数しかいないのが事実)のアドバイスを得ることだ。
その意味でも「分かり易い」ということは非常に重要になる。(それでもなお、マーケットが意図せぬ方向に振り切れば「損失」が出ることは避けられないのだが。)
まとめ
今回は、
- 相次ぐ欧米金融不安のなか、FOMCが行われ、0.25%の利上げが決定した。
- FRBは「タカ派的」でも「ハト派的」でもない慎重な対応をとった。
- 欧米金融不安の問題の論点はそれぞれ異なるため、分けて考える必要がある。
- SVB経営破綻の一番の論点は、「保有債券の評価損が表面化したこと」。
- クレディ・スイスやドイツ銀行で起きている問題の一番の論点は、「クレディ・スイスAT1債(CoCo債)が無価値化されことで、AT1債の保有銀行への不信感が募ったこと」、「そもそも抱えていた経営上の問題が表面化したこと」。
- 金融商品や株式銘柄はシンプルなものを選ぶようにし、リスクは最小限にしよう。
ということを中心にお話しした。
SVBの破綻と、クレディスイス・ドイツ銀行問題は、問題発生のメカニズムが全く異なるということがおわかりいただけただろうか。
さらにその金融不安を受け、FRBは早期利下げ期待を冷やすことで中立の姿勢をとった。市場が敏感になりすぎないようにうまく対策をとったと言える。
メディアの騒ぎを鵜呑みにせず、タイムリーな値動きを追ったり、問題の背景を整理したりすることの大切さが今回の対金融不安問題でも生きてくるだろう。
また、金融商品選びに悩まれた際は、ぜひ今回ご紹介した「シンプルで分かりやすいものを選ぶ」という鉄則を思い出していただければ幸いだ。
編集部後記
こちらは、Fund Garageプレミアム会員専用の「プレミアム・レポート」の再編集版記事です。
公開から半年以上経った記事になりますので、現在の情勢とは異なる部分がございます。当時の市場の空気と、普遍的な知見を皆様にお届けできれば幸いです。
また、こちらは無料版記事のため、最新の情報や個別企業の解説についてはカットしております。
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