サプライズの無い安穏とした相場が続いた歴史は無い
2019年3月期決算や1-3月期決算の発表が相次ぐ4月中旬から5月中旬、日本では元号が令和に代わって新時代の幕開けを10連休のGWで祝っていた最終日、米国トランプ大統領のTwitterでの呟きが、一気に市場のトーンを塗り替えた。
日本では令和になってからの9日間の立会日で株価が上昇したのは僅かに2日間だけ(2019年5月17日現在)。日々米国から伝えられてくる中国への貿易制裁の話で市場は悲観論一色に代わった。こんな時、投資家はどう考え、何をしたら良いのかを私自身の長年の経験に照らして今回はお伝えしたい。
振り返ってみれば、1988年にファンドマネージャーとなってこの方、こんな場面は正直何度も経験した。日経平均株価が史上最高値となる38915円44銭を付けてから暴落を繰り返した最初の大バブル崩壊に始まり、2回の湾岸戦争、アジア通貨危機、バブル崩壊に伴う日本の金融危機、ITバブル崩壊、アメリカ同時多発テロ事件、そしてリーマン・ショック。
大災害も阪神大震災もあれば東日本大震災もあった。数え上げたらきりがない。そしてその都度、市場は大きく揺れた。頭の中が真っ白になるようなこうした事態に直面し、何度その場から逃げ出したいと思ったことか。でも私は今でもここにいる。今でも証券市場と真正面から向き合い続けている。「鋼(はがね)の胃袋」と揶揄する友人もいるが、こんな時、私が常に行ってきたのは、ただ一つのことだ。
Back to Basic(基本に戻ろう)
刑事が捜査に行き詰った時に犯罪現場にもう一度戻るように(現場百回)、スポーツ選手がスランプに陥った時に基本のトレーニングに戻るように、株式投資もこんな時は原点、基本に立ちかえろう。きっとソリューションが見つかる筈だ。
株式投資の原点、基本とは何か?
それは企業収益である。株価を最終的に支配しているのは、その企業の純資産価値と収益状況でしかない。それは株式とは「企業の所有権の分割証憑」に他ならないからだ。企業の現在価値と将来収益の和が本来株価を決定する。
その状況を把握するのに最も適したものは、アナリストの評価レポートでもなければ、ましてや市場の噂や知ったようなマーケットコメントでもない。そう、企業の決算書だ。
企業の決算書は通常四半期毎に開示されるが、本決算は年に一回だ。幸か不幸か今回のイベントは、その本決算の発表が一年間で最も集中する時期に起きた。一番リアルで、生々しい、多くの企業の情報に触れられるのがこの時期だ。
決算発表でわかるのはどんなことか?
決算発表で分かることは、当該企業のリアルな財務状況の決算日時点のもの(今回なら3月末日)であり、各種事業の今現在のリアルな状況であり、そして会社側が実際のビジネスをしながら感じ取っている業務環境であり、今後の見通しである。外野があれこれ言うものではなく、業務を営々と営んでいる当事者のビューである。
もし、そのビューが常に的外れなものであったのならば、その会社はとっくに破綻している筈だ。
決算発表に際しては多くの資料が開示される。決算短信に始まり、決算説明会資料があり、決算説明会自体のライブ中継や録画動画などがある。
決算短信に付随している財務諸表を分析しようとすれば、確かに難易度もあがり、敷居も高いかも知れない。それをしましょうなどとは言わない。ただ決算短信の表紙の1枚は、どの会社も同じところに同じ意味の数字が書いてあり、見慣れてしまえば、学校の通知表のようなものであり、更に事業概況や今後の見通しなどは普通に言葉で説明されている部分がある。
更に決算説明会の動画が開示されている会社なら、YouTubeで観るように、社長の話が聞けたりする。トヨタ自動車の豊田社長や、ソフトバンクグループの孫会長、日本電産の永守会長などの話は、下手なテレビドラマを観るより余程興味深いし面白い。
それらには報道機関向けのものや機関投資家向けの決算説明会が映し出されているが、質疑応答のシーンも開示してくれている(本来は全企業が個人投資家にも平等に情報が伝達されるように開示すべきと強く思うが・・・)企業もたくさんある。
それを観れば、普段接しているニュースやアナリストレポートが、どんな視点の質問と回答から作成されているかもよくわかる。つまり質問者側の先入観やバイアスが伝わってくることがあるということだ。
どうやって決算内容を調べれば良いのか?
決算で発表した内容は、遅滞なく各社自社のWebサイトに関係資料を掲載し、一般の縦覧に供さなくてならない。これは有価証券取引法で決まっていることなので、上場企業のWebサイトで「投資家情報」という欄か、「IR情報(Investor Relations)」という欄に行けば、必ず最低限「決算短信」は見つけることが出来る。だいたいの場合「決算資料」とか、「IRライブラリ」というリンクがあるので、そこを辿れば良い。
そのページが見易いか、多くの開示資料が揃っているか、などということを知るだけでも、その会社の株主に対する姿勢が分かるというものなので、そこに行ってみるだけでも価値があるだろう。「株主重視」などと言いながら、適切に充分な開示がされていなければ、「株主重視」というのが単なるお題目だというがすぐわかる。
どの会社の決算を調べれば良いか?
実はこれはとても良い質問だと言える。何故なら、この「どの会社を調べるか?」というのが、刑事の犯罪捜査に喩えれば「優れた情報屋を抱えている」かどうかということになり、また「足で情報を集める」基本動作と同じことになるからだ。
闇雲に歩き回っても疲弊するだけであり、無駄な攪乱情報なども入ってしまう。ただ状況証拠を積み重ねて裏を取ることは投資を成功させるうえでとても大事なことであり、情報を積み重ねて確証を得ることが肝心だ。
勿論、現在投資している会社、或いは投資しようと思っている会社があるならば、それについては真っ先に調べなければならない。だが、肝心なのはその先、そこで得た情報の裏を如何に取って、確証を得るかという事だ。犯人に「お前がやったのか?」と聞いて「はい、そうです」と素直に答える者は居ないが、「これだけ調べはついている。白状したらどうだ」と証拠を並べ立てられれば「落としのやまさん(「太陽にほえろ」の名刑事)」になれるかも知れない。
実はこれ、直接のインタビューが出来ないことを除けば、メディアやアナリストがすることと同じことがやれているということにお気付きだろうか?
情報の裏を取る方法
情報の裏を取る方法の基本は二つだ。競合他社を調べること。同じ業界で、同じカテゴリーに属する企業の決算を調べれば、注目している企業が抜きん出ているのか、或いは落ちこぼれているのか、若しくはそこそこなのかが見えてくる。競合他社が良い決算を発表し、見通しも明るいのに、決算が不調だったり、見通しが暗かったりすれば、それは業界の問題ではなく、個社の経営の問題だ。
そしてもうひとつ、取って置きの裏取りの方法がある。それはその企業の上流、すなわち川上の企業をチェックしてみるという事だ。或いは業種によっては川下の企業を調べてみることだ。横展開ではなく、縦に産業を見てみるとでも言おうか。
ひとつのぐらい例は3部作「インテルCPU供給の遅れに潜む問題と今後の影響 Part1」「同 Part2」「同 Part3」にも記したので、是非そちらも参考にして欲しい。
例えば、自動車の場合を例に考えてみよう。ご承知の通り自動車産業は完成車メーカーをピラミッドの頂点とする、物凄く裾野の広い産業だ。トヨタ自動車が自らタイヤは作っていないように、或いは自ら鉄板を作っていないように、関連産業は幅広い。
仮にもしトヨタ自動車が「今期の下期に出る新型車は既にカタログ段階から受注が沢山あり、今から申し込まれても納車は半年から1年待ちになります」と言ったとしよう。実際に過去ハイブリッド車の3代目プリウスが発表された時がそうだった。
この大言壮語がもし本当だとしたら、プリウスに使われる予定の自動車部品も相当に旺盛な注文を受けている筈である。部品はTier1(ティア1)サプライヤーと呼ばれるデンソーやアイシン精機から納入される場合が多いが、更に遡るとTier1サプライヤーに部品を供給するTier2レベルにも受注が入っており、更にその先までとドンドン遡ることが出来る。
何故なら、部品が無くては完成車を作るラインは動くわけにいかず、そのタイミングで完成した部品を供給するためには、更にその中に使われるパーツはもっと前に発注されていなければ間に合わない。だからこそ、川上まで遡って調べて裏を取ることが真実を知る方法となる。更にその遡る過程で、面白い投資先を見つけることさえ出来るかも知れない。
逆は株式市場でよく目にしている筈
逆に例えば、iPhoneが販売不振となった場合、それを最初に伝えるのは実はアップルでは無い。実はそこに部品を供給している電子部品メーカーであり、生産を受託しているメーカーだった。
決してどこも「アップル」という名前は表に出さないが、業界の隠語とも言うべき「当社の大手のお得意様からの発注が減り・・・」という言い回しで語られる。その言葉を聞いて、想像豊かに市場は気がつくのが通常だ。それと同じ発想のことを決算発表シーズンにしておこうというのが今回のポイントである。
米中貿易摩擦(戦争)は大変な問題に違いないが・・・
米中貿易摩擦は貿易戦争とまで騒がれるほど大変な問題と受け取られ、日々の市場は米中双方の出方に一喜一憂している。だがそれは今注目しているビジネストレンドや技術のロードマップとどんな影響があるのだろうか?確かに中国企業Huaweiへの輸出禁止というのは、一部の企業にある程度の直接的な影響はあるだろう。ただ米中間のいざこざがAIや、5Gや、自動車のCASEや、IoTやエンドコンピューティングといった流れを阻害するのだろうか?
今晩、或いは明日以降、また何をトランプ大統領は呟くのだろうかと気にして過ごすより、決算発表がほぼ出揃った今だからこそ、より有効有益な調査が決算発表の内容から分析出来るのではないだろうか?