2023年を騒がせたアメリカ内部の問題といえば、「政府閉鎖」でしょう。しかし、2023年5月に話題に上った、「米国債務上限問題」も忘れてはなりません。
結果として2025年1月までに凍結(=債務上限の適用停止)されることが決まりましたが、これは債務問題を抜本的に解決するものではないのです。
「米国債務上限問題」の論点は一体どこにあるのでしょうか。プロのファンドマネージャーが解説していきます。
投資での資産形成をお考えの方も、既に投資を始められている方も、ご自身の知識と照らし合わせながらご覧ください。
(Fund Garage編集部)
「米国債務上限問題」は2025年1月まで封印されただけ
「米国債務上限問題」の論点①——対GDP比の財政赤字比率
目先最も懸念された、「米国債務上限問題」。以前、5月15日号抜粋のFG Free Report『イールド・カーブって何?正しい見方を知ろう』で、内容をご説明した(ご覧になっていない方は、先にこちらの記事をお読みいただくことをお勧めする)。
結果として、米連邦議会下院に続き、6月1日夜(日本時間2日朝)には上院も、歳出削減などを条件として「債務上限の効力を25年1月まで停止」する財政責任法案を可決した。
このあと、バイデン大統領の署名を経れば正式に法律となり、最も懸念された史上初の米国債の債務不履行(デフォルト)は回避された。取り敢えずは、メデタシメデタシの結果だ。
だが言い換えれば、これは単なる「問題先延ばし」に過ぎず、2024年11月の大統領選挙を経て、2025年1月から新たに就任する大統領の下で、再度議論を繰り返すことを意味する。
更に言えば、米国内の「政治的二極化」は深刻さを増しており、今の段階よりも2025年1月の方が、問題解決が難航する可能性さえある。
問題の本質は、「歳出・歳入・債務上限が別々に審議される予算の決定方法」にある。
すでに米国内では、経済誌Wall Street Journalが、「A Debt-Ceiling Deal That Doesn’t Deal With Debt(債務を解決しない債務上限合意)」というタイトルの記事を掲載し、今回の事案を批判している。
(なぜか日本語版だと「米債務上限合意にみる二つの教訓」と翻訳されているため、見出しだけ見ると、どこか前向きなトーンにも聞こえる。しかし、実際に本文に「教訓」は示されず、基本は問題提起と皮肉に満ちている。)
特に印象的なのは、その中で掲示された下のチャートだ。「対GDP(国内総生産)比の財政赤字比率」である。
日本では一般的に、「対GDP比の債務残高比率」に関して騒ぐ自虐的な論調が多い。一方で、Wall Street Journal誌が問題としているのは下のチャートだ。
これは、米国の野党共和党マッカーシー下院議長が今回の「債務上限の効力を25年1月まで停止」の見返りとして手に入れた成果(共和党は歳出削減を求めている)を示している。
米国は、元々上段のバー(5%)であったものが下段のバー(4.6%)となり、わずかに短くなったという。
短くなったと言っても、まだまだ日本の約2倍はある。
つまり、米国よりも日本の状況はかなり良いことになる。
財政赤字とは、文字通り「歳入と歳出のバランス」であり、財政黒字になって初めて借金の返済原資が確保できる。
財政赤字である限り、その赤字分を補填するために借入れを増やし続けなければならず、債務は減ることなしに増加し続ける。
つまり、数学的に考えれば、「対GDP比の財政赤字比率」が高いほど(GDP<財政赤字)、債務の増加速度は大きくなる。
しかし残念ながら、近時の先進諸国はコロナ禍以降、歳入(税収)の伸びに比べて加速度的に歳出が増加し、返済原資を確保するどころか、むしろ債務の更なる膨張を招いている。
また、米国をはじめとした欧米諸国では、インフレ対策として「利上げ」が行われているため、当然の帰結として「債務残高」に対する「借入利息」も膨らみ続けている。
この点、「マイナス金利」に貼り付いている日本は恵まれているのだ。
日本的な債務残高の論点(GDP 対 債務残高)からすると、「米国議会予算局(CBO)は今回の合意により、今後10年で財政赤字が1兆5000億ドル(約210兆円)削減されると予想している」と称賛されている。
しかし実際には、「政府債務残高の国内総生産(GDP)に対する比率が現在の97%から、10年後に119%に拡大するはずだったのが、115%程度の拡大で抑えられることを意味するだけ」(ゴールドマンサックス試算)ということで、日本式争点の数値についても悪化していることが分かる。
「米国債務上限問題」の論点②——経常収支
また、議論はもうひとつある。それは、経常収支についてだ。
経常収支とは、ある国の海外との取引(貿易・サービス・投資など)をまとめたものだ。
下記のチャートをご覧いただきたい。
日本では、円安・輸入エネルギー・穀物価格の上昇 によって近時は貿易赤字が増加しているものの、資本収支は黒字(円安でより手取りが増加)で増加傾向にあるため、合算した経常収支は黒字を維持し続けている。
対する米国は、1991年以降一貫して経常収支の赤字が続いている。つまり、対外的な米国の国富は減少し続けているということだ。
本来、国の懐具合(特に通貨の交換レートなど)の話をする際、ここまで拡げた議論が必要だ。
しかし、今回の「米国債務上限問題」という論点に限って言えば、単に「(歳出カットか増税かというハード・ディシジョンを)先延ばし」しただけと言うことができる以上、恐らくこの問題は、次期大統領選挙(2024年11月)の大きなテーマとなるだろう。
もっと言えば、現在加速している「米国の政治二極化」と呼ばれる「political polarization」(リベラルと保守の溝が深まる傾向)が、極めて重要な課題となる。
さもなくば、基軸通貨(国際的な金融取引や為替取引で主に使用される通貨)米ドルへの信認という問題が、将来の何処かで浮上する可能性も否めないだろう。
まとめ
今回は、以下の内容を中心に、「米国債務上限問題」について論じた。
- 「米国債務上限問題」をめぐり、債務上限の引き上げ判断は2025年1月まで延期となった。
- デフォルト(債務不履行)を回避できたものの、現在アメリカは政治二極化が進んでおり、問題解決は難航するだろう。
- さらに、仮に債務上限を引き上げたとしても、①対GDPの財政赤字比率が高く、②経常収支が赤字である点から、米国の債務問題そのものを解決できるわけではない。
- 上記①について、米国ではコロナや利上げの影響で、債務や借入利息の膨張が指摘されている。
- 上記②について、米国は1991年以降赤字が続いており、米ドルの基軸通貨としての信用問題にまで発展する可能性がある。
2024年11月には、アメリカは大統領選を控えている。2025年1月に新しく就任する大統領の下で、再度「米国債務上限問題」について議論が行われる予定だ。
今回は、「単なる延期」という結果に終わったが、政治二極化が加速するなか、どのような判断が下るのかに注目が集まるだろう。
編集部後記
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