近年、世界的に問題視されている「地政学リスク」。これは、各国の政治経済に大きな影響を与えるものです。ロシア・ウクライナ戦争や米中デカップリングなど日本国外での問題が注目されているため、当事者意識が薄いかもしれませんが、実は日本に住む私たちにも様々な「地政学リスク」は存在するのです。今回は、今米国で高まっている米中関係の緊張状態を例にとりながら、日本でも起こりうる「地政学リスク」についてプロのファンドマネージャーがお伝えします。
投資での資産形成をお考えの方も、既に投資を始められている方も、ご自身の知識と照らし合わせながらご覧ください。
(Fund Garage編集部)
緊迫する米中関係
今、米国では「地政学リスク」が懸念されている。
日本のメディアではなかなか大きく報道されていないが、米中関係の悪化がかなり緊迫しているのだ。
2月11日、BloombergニュースのUS版トップには、
「US Shoots Down Object Over Alaska as China Tension Grows(米国、アラスカ上空の飛行物体を撃墜 米中関係の緊張高まるなかで)」という記事が掲載されていた。ご覧になった方はいるだろうか?
これは、米国の民間や軍事飛行に危険を及ぼすとみられ、カナダの国境に近い北極海に飛行物体が撃ち落されたという事件だ。
なぜこの出来事が米中関係に関連しているのかといえば、この前週には、中国の探索(スパイ用)気球が米国西海岸で撃墜されたばかりであったからに他ならない。
そして前週7日には、このような対中問題も含めてバイデン米大統領が「一般教書演説(※)」を行った。
もし日本のメディアが関連するニュースを大きく取り上げ始めたら、米中関係はかなり沸点に近くなってきたと思っても良いかもしれない。
今回は、そんな日本ではあまり報道されていない米国が抱える問題と、日本が抱える地政学リスクについて一緒に見ていこう。
今、米国で起きていること
前述の通り2月4日、米国本土上空を「中国の諜報活動用の気球」が飛び、米軍がそれを撃墜した。
また、最初に米国上空に気球が侵入したのは1月28日のことであり、その後も複数回、複数の場所で発見されていたことも明らかとなった。
さらにこの問題を受けて、翌週に訪中予定だったブリケン米国務長官は、その予定をキャンセルするまでに至った。
一方で中国政府はこの気球に関して、「気象を観測するための民間の気球が、軌道を逸れてしまったために米領空内に侵入した」と主張している。
恐らく日本人の感覚だと「なんで気球でそんなに騒ぐの?」と思われるかも知れないが、
仮にその気球の中に、大量の毒ガス・サリンが搭載されていたらどうなっていただろうかと想像してみると分かり易いかも知れない。
※「一般教書演説」…年に一度、今後1年間の内政や外交の見通しについて大統領が演説する。
9.11同時多発テロを振り返る
ここで、9.11同時多発テロの時を振り返ってみよう。
何故あの時米国中が大騒ぎになり、1年半後には第二次湾岸戦争に突入することになったのか。
それは、ニューヨークのシンボルのようなワールドトレードセンターが崩壊し、多くの被害者が出たテロ行為が凄惨な悲劇だったからだけではない。
米国には自慢の重装備の米軍(海兵隊、海軍、空軍、陸軍)があったにもかかわらず、それをすり抜け、空襲されたからだ。
それは米国国民にとって一種の心理的パニックとも言えた。
その頃私は、同時多発テロがあった2001年9月から湾岸戦争開戦に至るまでの約1年半の間、2カ月毎に毎回2週間ずつ西海岸から東海岸まで米国の企業調査の為に出張し、米国事情をアップデート、パニック状態を肌で感じていた。
その中で、「このまま戦争にならなければ、間違いなく国内で紛争が起きるだろう」という実感さえあった。
特に、白人系を票田とする共和党のブッシュ大統領からすれば、このまま「チキン」と呼ばれる続けるわけにはいかなかったのだ。
あれから10年、20年も経つ現在、当時の精神的な緊張感など忘れる人も多く、当然世代も動くわけだから「あの第二次湾岸戦争は正しかったのか」的な議論が沸き起こるのも当然だとは思う。
しかし逆に言えば、当時は戦争に踏み込むことが米国世論としては当然だったのだ。
米国の戦争と政治経済の歩み
今回の一般教書演説でも、バイデン大統領は「当然、撃墜した」と胸を張っている。
オバマ政権の時代、その任期終盤に弱体化してきた米国について「オバマ大統領がチキン」のせいだと罵られたからこそ、”Great America Again!”と叫んだトランプ大統領が誕生したのである。
そしてその「オバマ元大統領の轍」は踏まないように気を配っていることが垣間見えるのが、現在のバイデン大統領だ。
しかし既に、共和党側からバイデン政権は「弱腰」と批判されつつあるのは事実だ。
もしかするとそうした背景もあって、バイデン大統領は空軍に撃墜命令を出した可能性もあるかもしれない。
そして今回の「US Shoots Down Object Over Alaska as China Tension Grows」という事件も起きている。米国市場が気にしているのは単純にFRBの金融政策だけでは無いようだ。
このような流れは建国の歴史からも伝わるもので、極東島国の農耕民族である日本人には解かり難い部分かも知れない。
ここで、9.11以降の米大統領の遷移を以下に図で表しておく。出身政党と当時のキーワードも同時にご確認いただきたい。
George W. Bush Key Events /Barack Obama Key Events /Donald Trump Key Events /「第7章 バイデン政権の内政と外交—政権発足1年を振り返る」 を基にFG編集部が作成。
大きな政府とは、高福祉高負担の発想で、政府による手厚いケアを重視する思想。
小さな政府とは、低福祉低負担の発想で、政府によるケアではなく、市場の自由な競争原理・経済成長を重視する思想。
を指す。なので一般的には民主党は「リベラル派」、対する共和党は「保守派」と言われる。
地政学リスクとは何か?日本が抱える地政学リスクを考えよう
前項で記述してきたような「米中問題」は、冒頭でもお伝えしたように、一般的に「地政学(的)リスク」と呼ばれる。
まず「地政学」とは、地理的視点からその国の政治・政策を研究する学問のこと。
地理的視点とは例えば、島国である日本と陸続きの欧州諸国とでは、貿易や外交の仕方に違いがあることがイメージできるだろう。
そして「地政学リスク」とは、そのような地理的な要因によって引き起こされる、国家間の政治的・軍事的リスク(緊張や対立)のことである。
例えば、ロシア・ウクライナ戦争は石油をはじめとしたエネルギー源や、小麦などの価格急騰につながり、世界的な物価高を招いた地政学リスクの代表例である。
地理的に天然ガスをロシアからの輸入に頼らざるをえない欧州諸国が大打撃を受けたことは、以前のレポート『アフターコロナの働き方改革』でもお話しした通りだ。
では、我が国日本で特に気を付けるべき主な地政学リスクは一体何であろうか。
ロシア
北方領土問題。いつ何時、ロシアが「ウクライナの次は日本だ」と言わないとも限らない。
中国・台湾
尖閣諸島問題と中台問題。尖閣諸島の場所は日本本土よりも遥かに台湾に近く、沖縄本島よりも中国大陸に近い。また、中国は台湾に対して武力行使を行う可能性もある。台湾は日本の重要な海上交通路上に位置するため、台湾周辺の海域の安全が中国によって脅かされれば、日本の貿易活動に影響が出る。
韓国・北朝鮮
竹島問題(韓国)とミサイル問題(北朝鮮)。ユン大統領政権の下、日韓問題がどれだけ改善するのか注目だ。また、ミサイルに関しては日本は完全に「射程圏内」だということをもっと考慮すべきだろう。
このように、隣国との関係性が緊張状態にある日本は、「極東のウクライナ」とささやかれることがあるほどである。
それはつまり有事勃発に際し、「我が国は憲法第九条をもって戦争を放棄している」と言ったところで、相手国が「なるほど、言う通りだね」と日本を見逃すとは到底思えないということだ。
さらに、日本は日米同盟で米国とのつながりが強い一方で、地理的に近い中国は日本にとって最も重要な貿易相手国である。つまり平たく言えば、米中関係の良し悪しが日本経済に大きな影響を及ぼすのだ。
下記の外務省ホームページ掲載の地図をご覧いただきたい。
日本人観光客に人気の石垣島、そして与那国島などの位置関係を頭に入れた上で、この辺りの時事問題は見ておいても損は無いだろう。
まとめ
今回は、
- 昨今、米中関係の緊迫状態は高まりを見せている。
- 近年、世界情勢や経済に大きな影響を与える「地政学リスク」が問題視されている。
- 「地政学リスク」とは、地理的な要因によって引き起こされる、国家間の政治的・軍事的リスクのこと。
- 日本も多くの「地政学リスク」を抱えている。
ということを中心にお伝えした。
ロシアによるウクライナ侵攻開始からもう1年以上が経過したが、未だに収束の目処は立っておらず、世界中で混乱は収まっていない。
また、近い将来どこかの地域で、このロシアウクライナ戦争並みの大きな「地政学リスク」が起こる可能性は拭いきれないのが現状だ。
例えば米中関係の悪化による貿易規制や投資制限の多くは、米中両国でビジネスを行う日本企業の立ち位置のみならず、我々投資家の投資判断にも影響を与えるだろう。
冒頭でも述べたが、今でこそ日本のメディアは「地政学リスク」に対して鈍感であるものの、
そんな日本メディアでさえも騒ぎ始めたら、米中関係はかなり悪化していると踏んでよさそうだ。
これからは「経済」的側面だけではなく、「軍事」「社会」的観点からもリスクを考えることが求められる。
編集部後記
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公開から半年以上経った記事になりますので、現在の情勢とは異なる部分がございます。当時の市場の空気と、普遍的な知見を皆様にお届けできれば幸いです。
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