無料版の始めに
こちらは、Fund Garageプレミアム会員専用の「プレミアム・レポート」の再編集版記事です。
公開から半年以上経った記事になりますので、現在の情勢とは異なる部分がございます。当時の市場の空気と、普遍的な知見を皆様にお届けできれば幸いです。
最新の情報や個別企業の解説に関心をお持ちになられた方は、是非プレミアム会員にお申し込みください。 前置きが長くなってしまいました。では「プレミアム・レポート 2022年6月11日号」の一部を無料抜粋という形でご覧頂きましょう。
記事のポイント
- 「物価上昇だから利上げをすればインフレは押さえらえる」と○○のひとつ覚えのように語られる程には、インフレ対策は簡単では無い。
- だが最近はこの手の問題に関しては兎に角「単純化」して瞬間的な把握を試みようとする風潮がある。
- そもそも世界は本当にインフレなのか? 確かに総合商品指数は上昇している。
- しかし一方で、原油高は認められるものの、小麦の先物は足元では値下がりしており、金価格も2年前の高値から約1割低下している。
- この様に歪んだ市場の中で出来ることはと言えば、粛々とファンダメンタルズに従った正当な投資を続けることだ
———–<以下、プレミアム・レポートより抜粋>———–
「インフレ抑制は利上げ」とひとつ覚えの恐ろしさ
経済の仕組みはそれほど単純ではない
ECBが先週9日(木曜日)、7月に主要政策金利を0.25ポイント引き上げてマイナス0.25%(0.25%の利上げをしても、まだマイナス金利ということがひとつのポイント)とし、9月も再び利上げする方針(2度目の利上げで漸くゼロ金利になる)を示したことをきっかけに、再び市場の「利上げ恐怖症」が頭をもたげた。そこへ今度は米国の5月の消費者物価指数(CPI)が幅広い項目で上昇加速を示した。すなわち前年同月比の伸び率プラス8.6%、これは「40年ぶりの大きさ」と囃され、市場では一斉に「タカ派」が目を覚ましたかのような展開となった。
だが「物価上昇だから利上げをすればインフレは押さえらえる」と○○のひとつ覚えのように語られる程には、インフレ対策は簡単では無い。実際に何が、理由は何を背景に、どの程度上昇しているのかを正しく見極めないとならない。だが最近はこの手の問題に関しては兎に角「単純化」して瞬間的な把握を試みようとする風潮がある。しかし今風の言い方をすればそれは問題の本質の何も「見える化」していない。
本当に世界はインフレなのか?
ヘッジファンドの運用戦略の中に、マクロ・イベントの発生に対してアクションを起こすタイプのものがある。当然そうした運用戦略のトリガー(引き金)となるのは、中央銀行の利上げなども含まれるし、現下のウクライナ情勢のような「War Risk」や地政学的リスクも含まれる。マクロ統計が発表になった直後は、そうした運用戦略に絡む売買執行が現物のみならずデリバティブ取引などでも急激に行われ、市場がバタバタと動く。
この流れを確認するための調査をする中で面白い発見をした。それが「小麦の先物は足元では値下がりしている」という事実だ。ウクライナ情勢が悪化する中で、ロシアが黒海封鎖を行っている関係で穀物が輸出出来なくなっていると言われている。アフリカや中東では小麦不足がかなり深刻な状況になっており、価格も急騰していると言われているが、実は商品市況を見ると予想外の景色を見ることが出来る。
まず下記のチャートは「S&P ゴールドマン・サックス商品指数(コモディティ市場への投資のベンチマーク)」の過去5年間の推移だ。なるほど総合の商品指数は過去5年間の中で正に「最高値更新中」と言える。つまり物価高、インフレが起きていることの証明だ。
そして当然のことながら、原油の先物価格(WTI)も三角持ち合いからうわっぱなれて2008年以来の最高値を目指す勢いになってしまっている。カリフォルニアではガソリンが1ガロンで8ドルを超えているとも聞いている。
だがそこで不思議なものを見つけてしまった。昨今「食糧不足」に直結して騒ぎとなっているのが小麦だが、実は小麦の先物価格は3月4日を高値にして、少なくとも今は1割以上は安いところにあるというのが現実だ。
併せてもう一枚、お見せしたいのが金価格の推移。通常、インフレヘッジには「金投資」と昔からよく言われるが、その価格推移は実に興味深い。これも期間は5年間のチャートだが、金の先物価格が最高値を付けたのは2020年8月7日であり、水準は2,028ドル/トロイオンスだ。だがそれから約2年、現在は1875.5ドル/トロイオンスとなっている。
常識的に考えれば、インフレを受けて総合商品指数が上昇しているなら、インフレヘッジの妙薬とも言われる金投資も進んで値上がりしている筈。だが、原油高は認められるものの、小麦高は認めることは出来ず、インフレヘッジのための投資対象となり易い金価格も2年前の高値から約1割の低下となっている。恐らく、これらのちぐはぐな動きがヘッジファンド・マネージャーなどの苦悩をより深いものとし、彼らの足掻きを煽り立てているのかも知れない。ならば出来ることはと言えば、粛々とファンダメンタルズに従った正当な投資を続けることだ。歪められた価格は、結局は正常な価格体系に戻るのだから。
金利動向を確認する
週末6月10日のイールドカーブは緑のラインで描かれている。先週は面白いことに5年債までの金利が週末に向かって上昇し何と3.26%(対前週末比で+0.33%)にまで上昇した。一方で、10年債金利は3.16%で10bp低い。更に30年債も3.19%と水準は5年債を7bp下回り、10年債を3bp上回る。
各年限の債券利回りの先週一週間の日毎の変化と前週末との比較をした実数値を下記に掲げる。
実は10年債と30年債の利回り水準は、2018年初めからのチャートでは遡って突き当たる時が無い。一方で10年債は2018年11月下旬の水準となっており、30年債は12月の水準だ。
ドル独歩高は米国の貿易収支改善には多いに貢献する
日本では円安が騒がれているが、当然米国から見るとドル高だ。下のチャートで分かる通り、ドルは対円でも対ユーロでも金利上昇から強含んだままだ。日本にとって円安は「輸入物価上昇でコストプッシュ」になるが、ドル高は米国にとっては「コストプル」になる。またグローバル企業が多い米国にとって、ドル高は企業の海外売上高の減少要因でもある。
原油価格の上昇は、原油も天然ガスも輸入に頼る日本にとっては円安との相乗効果で強烈な物価上昇要因となる。だが、米国では輸入分に関してはドル建て以外は通貨高は逆だ。さはさりながら、そもそも現時点で米国は原油と天然ガスの輸出国であり、為替動向とは切り離して考えることが出来る。カンザスシティー連銀によると、米産油会社が新たな坑井を掘っても採算が取れるWTI相場の損益分岐点は、現在1バレル当たり約49ドルだそうだ。
日本株のバリュエーションは低いままだ
市場雑感の最後に日本株のバリュエーションを確認しておこう。3月下旬以来の28000円台を示現した日経平均だが、減益見通しが多かった割にはバリュエーションは上昇していない。更に言えば、為替の見通しを115円レベルで収益予想をしていた企業が多いので、現状の為替水準からすれば利益はもっと膨らむだろう。すなわち、実質的にはよりバリュエーションは低下することになる。この辺りのストーリーが米国株は下落する一方で、日本株は上昇した理由だろう。
右肩上がりのビジネス・トレンド
Broadcom(AVGO)がVMWareを買収する
「米半導体メーカーのBroadcomが5月26日(現地時間)、クラウドコンピューティングや仮想化技術を手掛ける米VMwareを買収することで合意に達したと発表した。買収総額は約610億ドル(約7.8兆円)。VMwareの約80億ドルの負債も引き受ける。」という報を耳にして何かワクワク感を覚えた人も少ないだろう。実際当初の私の感覚も同様だ。
そもそもこのBroadcomという会社、創業時から今日に至るまで買収、買収、また買収というのが社歴であり、実はBoadcomという祖業の会社自体が買収されてBroadcom CorporationからBroadcom Inc.に改称された事実がある。もしその改称が無ければ本当はAvago Technologiesという社名だった筈だ。それ故、証券取引のティッカーが元々のBRCMからAVGOへと変わっている。もしこの歴史を知らない人が見たら、Broadcomという社名からは想像できないティッカーにまごつくだろうし、昔のティッカーBRCMを覚えている人は「無くなってんだ」と驚かれるだろう。
今回のこのディールの規模は2022年の買収劇としては1月のMicrosoftによるActivision Blizzard買収(687億ドル)に次ぐ大型買収となる。約610億ドルは発表当時の為替水準なら約7.8兆円だが、今の134円で計算し直すと約8.2兆円となる。Qualcomm(QCOM)買収で考えた1300億ドル(約17.4兆円)という飛んでもない金額に比べれば驚きも半減するが、それにしても大きい金額だ。
現在のBroadcom(AVGO)の時価総額は6月10日現在で2280億ドル。トヨタ自動車の2215億ドルより僅かに大きい。だが、恐らくあまりメジャーな感じも今までは無かった。
基本的には無線および通信インフラ向けの半導体のファブレス企業
米国カリフォルニアはオレンジ郡アーバインという素晴らしい場所にあったが、現在の本拠はカリフォルニア州サンノゼ。2015年にBroadcom(AVGO)となった時はシンガポールを法人税率が安いことで本拠地としたが、Qualcomm(QCOM)買収案を提示するにあたりシンガポール籍を外した。これは米国の国家安全保障上の懸念に対する対策と言われている。
何がそんなに重要と思われたかと言えば、その製品群が無線(ワイヤレス、ブロードバンド)および通信インフラ向けの半導体で非常に大きなシェアを持っているからだ。通信インフラ向けの半導体ではトップシェアと言われている。
なぜそんなに強いかと言えば、もともとWi-Fiやモデム、Bluetoothに強い旧ブロードコムを、RFや光エレクトロニクスに強かったAvago Technologiesが買収したことで相互に補完し合ったと言える。実際にパソコンやスマホの基盤を見るとBroadcomのマークが入った半導体が殆ど必ずと言っていいほどに搭載されている。iPhoneで言うなら、RFチップを中心に、Wi-Fi製品、BlueTooth製品、GPS用半導体製品、タッチスクリーンコントローラ、パワーアンプなどがBroadcom製だ。
仮想化ソリューションの最大手VMWare
このBroadcom(AVGO)が買収先として求めた会社VMWareが手掛けるのは仮想化ソリューション。その最大手がVMWareということになるのだが、実はこの会社自体も何故か買収や独立を繰り返す数奇な運命を辿りながら現在がある。歴史については下記の年表が理解に役立つと思われるが、1998年にアメリカで誕生するが、2004年1月に ネットワーク・ストレージ最大手だったEMCの傘下に入る。そして2007年8月に一度は単独でニューヨーク証券取引所に上場するが、親会社EMCがDell Technologiesに買収されてしまったため、今度はDellの傘下に入ることとなった。そして2021年11月に Dell Technologies から分離して独立した企業となったものの、今回のBroadcom(AVGO)による買収提案という話になった。※2012年のところに映っているCEOの写真、見憶えないですか?そう現在のインテルのCEOであるパット・ゲルジンガー氏です。
「仮想化」とは、ソフトウェアによって複数のハードウェアを統合し、自由なスペックでハードウェアを再現する技術。限られた数量の物理リソース(CPU、メモリ、ハードディスク、ネットワーク等)を、実際の数量以上のリソース(論理リソース)が稼働しているかのように見せかけること出来るというもの。但し物理的なハードウェアのスペックを超えることは当然出来ない。例えば2GBのストレージが10台ある場合には、構築できる仮想化ストレージの最大容量は20GB、但しその容量を自由に振り分けることが出来る。
Raspberry Piが思い出しのきっかけをくれた
今回、どうして一旦はスルーした買収記事に再度目を戻したかと言えば、それはやはり自分の趣味の世界だった。もし機会があれば「Raspberry Pi 4 Model B」と入力して検索してみて欲しい。そこには玩具のような、子供の夏休みの工作キットのような、小さなコンピューターの基盤が紹介されている筈だ。プログラミングの勉強やAIの仕組みを学ぶために、ちょっとしたイタズラの心で購入し、取り組もうかとした矢先、そのCPUに「Broadcom」の文字をみつけたからだ。
驚くなかれ、この小さな基盤上に基本的なパソコンの機能が載っているのだが、USBソケットなどの大きさからも全体のサイズ感も分かるだろう。名刺ケース・サイズだ。その真ん中右側にある銀色の半導体カバーに「Broadcom」の文字が見える。「あれ?通信関連だったよなぁ~」という素朴な疑問から今回の探求は始まっている。
その過程で見つけたのが次のネットのページ。専門的過ぎると嘆かれるかも知れないが、今興味があるもうひとつのキーワードがある。それが「ARM A72 core」の文字だ。半導体業界で、そして英国政府も深甚の興味を持ってロンドン証券取引所に上場誘致しようとしているソフトバンクグループがオーナーであるあのARMだ。
このスペック表によると真面目な話、かなりな能力を持っていることが伺える。最もAMRアーキテクチャーのCPUで遊ぶのの近道と考え、今この先をどうするかを思案中。そしてBroadcom(AVGO)のビジネスにも再度深甚の興味を抱いている次第。
まだ結論は何も出ていない。ただこんな半導体をつくる会社が、それもARMを使う会社が、仮想化ソリューションのVMWareを買収する。まだ実現出来るかどうかは決まっていないが、そのポテンシャルは図る価値は充分にあると思う。こんなマーケットが「ダラダラ」している時だからこそ、ゆっくり研究も出来るというもの。まずは今回頭出しとさせて頂く。
まとめ
次回FOMCでの利上げ0.5%は既に織り込み済み
今週の火曜日と水曜日に米国ではFOMCが行われる。今週の市場見通しという類のものはこの話題でいっぱいだ。0.5%の利上げ、それが2回だの、3回だのという話だ。
ただそれを色々と議論してもまるで競馬の当たり馬を予想するようなものでしかない。仮に「利上げ見送り」とでもなればマーケットは狂喜乱舞するだろうが、まず1回の利上げは織り込み済み、その後の姿勢に一旦は一喜一憂となる。だが今回指摘したように、タカ派が言うほどにはインフレのエビデンスは揃っていないし、また利上げには当然メリットとデメリットがある。それを賢くバランスさせるのが中央銀行の責務であり、中間選挙で議席を失いたくないバイデン政権の思惑だ。景気を失速させてインフレだけ残すのが最低のシナリオだろう。
その意味でも「インフレ=利上げ」という単純な発想はおかしなものだ。また日本が利上げを出来る環境にあるとはとても思えないのも事実。また終身雇用がそれでも前提の日本ならば、賃上げするなら企業利益を膨らむ必要がある。
今週は週央に向かって波乱含みかも知れないが、底が抜けるような事態はどうにも想定は出来ない。寧ろ「想定外」なことが起きるような予感さえしている。
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(編集:Fund Garage編集部)
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