2024年6月、農林中央金庫が債券運用で巨額の損失を抱えていることが明らかになりました。
この原因は一体、どこにあるのでしょうか。プロのファンドマネージャーの視点で、解説します。
投資での資産形成をお考えの方も、既に投資を始められている方も、ご自身の知識と照らし合わせながらご覧ください。
(Fund Garage編集部)
「農林中金問題」で浮き彫りになった、機関投資家の投資リテラシー低下
「農林中金」巨額の外債損失問題と疑問点
2024年6月、農林中央金庫(以下、「農林中金」)の米国債等運用の失敗により、2兆円を超える含み損を抱えていることが明らかとなった。
Bloombergの記事によると、
農林中金は18日、購入時より時価が下がり、含み損を抱えた米国債など10兆円規模の外債を売却する方針を明らかにした。外貨調達コストが急上昇したことで、保有していても採算が合わなくなった。3月末時点で保有する債券全体の評価損益は2兆円超の含み損に膨らんでいた。
という。
この問題には、2つの疑問点がある。
-
- 為替評価益でまかなえないほどにまで、外債投資で損失したのはなぜか?
パンデミックによりFRBが利下げをしてFFレートの誘導目標を0%にする1年前、
◎米国10年債利回りは2.67%、ドル円相場の終値は107.84円(2019年1月4日時点)
に過ぎなかった。だが、今回の報道がされた時、
◎米国10年債利回りは4.26%、ドル円相場の終値は158.93円(2024年6月20日時点)
となっている。したがって、
◎金利はほぼ2%の上昇、ドル円相場は47.37%も円安
となった。
本来、保有しているドル資産については、ドルベースの時価に加えて、それを日本円に換算した場合の評価損益がついて回る。だとすれば農林中金は、これだけの円安による為替評価益の増加分を全部吹き飛ばしても足りないほどの損失を、外債投資で捻出したことになる。これは極めて不思議でならない。
なぜなら、債券価格の下落(=金利は上昇)に伴う評価損は、償還までの間の時価評価によって発生するものだからだ。つまり、償還まで当該債券を保有し続ければ、投資時に約束された所有期間利回りは絶対に獲得できるリターンとなる。むしろそれが、本来の債券投資のメリットだ。 - FRBの利上げによる金利上昇が明らかになった段階で、どうして方針転換しなかったのか?
コロナのパンデミック時、日銀と米国FRBは低金利政策(マイナス金利政策)へと舵を切ったが、一昨年からは反対に急速なテンポで利上げをした。つまり現在、債券運用は債券価格の下落に直面している。ならば、どうしてもっと早く方針を変えられなかったのだろう。パンデミック時の急激な金利低下が進む中でこそ、一旦米国債を売却してキャピタルゲインを取りに行くべきだったのではなかろうか(パンデミックの直前には長期金利が3%台まで上昇していた)。
- 為替評価益でまかなえないほどにまで、外債投資で損失したのはなぜか?
「農林中金」とは?
そもそも、「農林中金」とはどんな機関であるか。
「農林中金」は、日本全国の農協や漁協から集めた出資金を運用し、運用益を還元している中央機関である。世界屈指の規模の機関投資家ともいわれており、実際、農林中金本体のWebページには、
農林中金本体とグループ会社がより一体的に機能することを目指し、農林中金においても、投資フロント部署である開発投資部のなかに資産運用ビジネスをサポートする専門チームを新設。グループ一丸となって資産運用ビジネスを強化していくところです。景気変動に左右されにくい運用手数料の獲得による収益源の多様化を通じて、投資ビジネスでの収益の増加と安定化、ひいては存在意義(パーパス)の発揮につなげていきます。
と謳われている。
それにもかかわらず、今回このような問題が起きてしまった。先ほど記載した疑問点と擦り合わせると、
①外債投資を為替ヘッジしているのではないか
②そもそも金利が上昇すれば債券価格が低下することを理解できていなかったのではないか
ということが、この問題の原因となっているのではないかと私は考える。では①と②について、次項から説明していこう。
「農林中金問題」の原因①外債投資を為替ヘッジしている?
本来、投資の専門知識がある者として最低限理解しておかなければならない外債投資の大原則に、「為替ヘッジをしたら、金利裁定が働いて、円利回りと同様になる」というものがある。ここで一度、用語説明を加えておこう。
- 「為替ヘッジ」
…米国債券を買うためにはまず、円→ドルへの両替が必要。この際、リスクとなるのは為替変動だ。そこで、将来の不確定な為替変動リスクを抑えるため、保険料(ヘッジコスト)を支払ってあらかじめ決められたレートで取引を行うのが、「為替ヘッジ」。 - 「金利裁定」
…二国間の金利が異なる時、その金利差で利益を得ること。ヘッジコストは通常、円短期金利とドル短期金利の差分に相当する(つまり、日米の金利差によって決まる)。このとき、金利差が拡大するほどヘッジコストは上昇、結果的に米国債で運用しているにも関わらず、日本国債で運用しているのと同様の利益率となってしまう。
今回、為替ヘッジを行って債券を運用していたという仮説を立てれば、約5割近い円安になっても巨額の損失を外債投資で生み出した絵も多少は描けることが明らかになった。つまり、「日米金利差拡大によるコスト>円安によって享受できる利益」となったのだろう。
正直、これが本当ならばあまりにも驚愕の事実だ。なぜなら、これは米国金利の先々の動向を見誤ったということ以前に、外債運用をする上での為替リスクの考え方の基本が分かっていないということを意味するからだ。繰り返すが、農林中金は日本でも屈指の大機関投資家であることを忘れてはならない。
「農林中金問題」の原因②債券投資は金利上昇に弱いことを知らなかった?
「金利が上昇すると債券価格は下落し、金利が下落すると債券価格は上昇する」
という仕組みを理解できていない投資家は、案外多いのだろうか。この仕組みのわかりやすい説明は、以前の無料記事を参考にしていただきたい。
では実際、長期金利が上昇すると、債券価格はどの程度下落するのだろうか。今回の農林中金問題と近い数値、「10年債の市中金利が2%前後から4.5%前後に上昇した」場合で考えてみよう。
実はこれは、修正デュレーションという、金利変動に対する債券価格の感応度をより直接的に表現する尺度(具体的には金利が1%変動した時の債券価格の変動率を示すもの)を知っていれば、簡単に計算することが可能だ。
計算式は、
【債券の価格変動=修正デュレーション×金利変動】
である。
まず、10年債の修正デュレーションは約8年程度だ(これは業界の常識となっている)。それが2%前後から4.5%前後に上昇したので、4.5-2=2.5%。金利上昇時なので 、【-8×0.025=-0.20】となる。すなわち20%の価格下落となり、たとえば元々が100円とすれば、80円になるということが分かる。
ということは、この計算結果が示す約20%というのが、直近の金利上昇局面でのほぼほぼ最大値なのだ。債券価格は20%しか下落しないのに、農林中金は巨額の損失を計上している。さらに、ドル円相場はこの間に約5割も円安に動いている。
それらの総合収支で、どうすればあそこまでの損失を出せるのだろうかという疑問は、やはり残ってしまう。だからあくまでも、本問題の一つの原因として予想されることに過ぎない。
まとめ
- 2024年6月、農林中央金庫は米国債等運用の失敗により、2兆円を超える含み損を抱えていることが明らかとなった。
- 本件で、⑴為替評価益でまかなえないほどにまで、外債投資で損失したのはなぜか? ⑵FRBの利上げによる金利上昇が明らかになった段階で、どうして方針転換しなかったのか? という2つの疑問点が浮かんだ。
- 以上から推測するに、本件の原因は、①外債投資を円ヘッジしている ②そもそも金利が上昇すれば債券価格が低下することを理解できていなかった という2点が挙げられる。
- 今回の「農林中金問題」で、機関投資家の投資リテラシーの低下が浮き彫りになったと言えるだろう。
今回は、以上の内容で「農林中金問題」の概要と原因について説明したが、いかがだっただろうか。
「農林中金」は世界で最大規模の機関投資家である以上、このような問題が起きたことは非常に重く受け止めるべきだろうと私は思えてならない。今後の展開にも目が離せないだろう。
編集部後記
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