
ArmのFYE26Q2決算は、数字だけを見ればかなり強い内容でした。
それにもかかわらず株価が下落した背景には、業績ではなく“Armの評価を支えてきた物語”の揺らぎがあったのです。
今回は、AI時代のArmを取り巻く前提がどう変わり始めたのかをプロのファンドマネージャーが整理します。
投資での資産形成をお考えの方も、既に投資を始められている方も、ご自身の知識と照らし合わせながらご覧ください。
(Fund Garage編集部)
Armの“唯一無二プレミアム”は剥がれたか?
数字は強いのに株価は下がる──Armに今、何が起きているのか
2025年11月3日、ARMホールディングス(以下、Arm)のFYE26Q2決算が発表された。
売上は11.4億ドルと前年同期比+35%超、ロイヤルティもライセンスもそろって伸び、非GAAP EPS(1株当たり純利益)は0.39ドルとコンセンサスを大きく上回った。教科書的に言えば、「AIブームのど真ん中にいるIPベンダーらしい、きれいな成長ストーリー」であるはずだ。
にもかかわらず、株価の動きはまったく逆を向く結果となった。決算発表前、Armの株価は160ドル台にあり、非GAAPベースのフォワードP/E(PER:株価収益率)は約98倍という水準まで評価が切り上がっていた。それが決算を通過した後、株価は140ドルを割り込み、P/Eも80倍台前半までじわじわと圧縮されている。
業績が崩れたわけでもないのに、どうしてこのように評価だけが静かに剥がれ落ちてしまったのか。Armの場合、決算そのものではなく、その裏側にあるビジネスモデルや業界構造の変化に対して市場が慎重になり始めたことが要因として考えられる。
そもそも、AI時代のArmに対して、市場が組み立ててきた物語は主に三つある。
- 「データセンターからエッジまで、CPUアーキテクチャは最終的にArmに収れんする」
- 「Armは中立的なIPベンダーであり続ける」
- 「SoftBankとStargateは、Armにとって純粋な追い風である」
今回の決算と、そのタイミングで表面化してきた業界の動きを重ねて眺めると、この三つの前提が、いずれも少しずつ、しかし確実に揺らぎ始めていることが見えてくるのだ。
今回は、この3つの観点に加えて、RISC-Vやx86スタックといった外側からの圧力も含めて順に検証していく。その上で、「唯一無二プレミアム」が剥がれつつあるArmを、AIファクトリー経済の中でどのように位置づけ直すべきかを考えてみたい。
なお、本記事の内容はFundGarage公式YouTubeでも公開していますので、ぜひそちらもお役立てください。
データセンターとエッジAI──Arm一色のシナリオが剥がれた
まず、「AI時代のCPUアーキテクチャは、最終的にArmに収れんする」という前提について考えよう。これは、市場がArmに対して抱いてきたもっとも分かりやすく、強力な物語であった。
クラウド分野ではArmベースのサーバーCPUが台頭し、エッジ分野でもスマートフォンや車載機器を含めて、すでにArmが事実上の標準になっている。このように、データセンターから消費者の手元までがArmで揃えば、AIファクトリー経済の「制御」の大半をArmが握るだろうと思われていた。ほぼ唯一の競合であったIntelのx86アーキテクチャも勢いを失って久しい。
しかし、ここ一年ほどの動きを冷静に振り返ると、この「Arm一色」の前提には、明確なほころびが見え始めている。
象徴的なのは、データセンターにおけるx86アーキテクチャの粘り強さだ。データセンターにおけるNVIDIAは自社でArmベースCPUのGraceを持ちながらも、他方ではIntelとの関係強化やNVL Fusion構想を通じて、従来型のx86サーバーCPUをAIスタックの一部として生かす方向に舵を切っている。
さらに、同じ構図はAMDにも現れている。AMDはEPYCとInstinctの組み合わせを軸に、CPUもGPUもx86で完結するAIデータセンター像を維持しているのだ。
このNVIDIA+x86、AMD+x86という流れは、データセンターCPUの構図を、「Arm一色になる世界」から、「当面はArmとx86が併存する世界」へと変わりつつあることを示している。
クラウド事業者や大企業の多くは、すでに莫大なx86サーバー資産を抱えている。そうした現場にとって、「すべてをArmへ一気に置き換える」よりも、「必要な領域だけArmを増やしつつ、既存のx86も活用する」方が現実的であるのは自然だろう。
もっとも、エッジAIの世界においては、なおArmの優位性は揺らいでいない。低消費電力と豊富なソフトウェア資産を武器に、Armは競合を大きく引き離している。問題は、データセンターとエッジを合わせた「全体像」として見たときに、以前のような「上から下までArmで統一された世界」が、すでに現実的なシナリオではなくなりつつあるという点にあるのだ。
中立IPベンダーからSoCへ──Armが自ら崩すプレミアム
二つ目の前提である「中立的なIPベンダー」という立ち位置にも、変化の兆しが見え始めている。
これまでArmはCPUコアなどのIPを提供することに徹し、半導体製品そのものには踏み込まないことで、誰のライバルにもならないポジションを守ってきた。AppleやQualcommをはじめとする各社から、Armは薄く広くロイヤルティを受け取るというビジネスモデルで、同社のプレミアムを支えてきたのである。
ところが足元の経営陣の説明では、半ば完成品に近い形での提供を強調し、将来的にはさらに下流へ踏み込む可能性にも言及している。
確かにこの方向性は、売上単価の拡大(=長期の利益機会)という意味では魅力的に見えるだろう。Armアーキテクチャを使っている顧客に、「ゼロから全て設計するのではなく、Armが用意した半完成品をベースに差分だけ乗せませんか」と提案できれば、開発期間を短縮しつつ自らの売上を増やせるかもしれない。
ただその一方で、この方向転換はリスクも伴う。
最大の論点は、これまでの顧客と真正面から競合しかねないことだ。これまでは「土台を提供する会社」だったからこそ中立性が保たれていたが、半完成品やSoCに近い領域へ入っていけば、その前提は揺らぎ始めるだろう。
加えて、ビジネスそのものも重くなる。完成品に近づくほど、検証やサポート、品質責任など、従来のIP供給だけでは負わなかった役割まで背負う必要が出てくるからだ。
つまり今回の下落は、「Arm自らがわざわざプレミアムの源泉を削っているのでは?」という違和感を市場が感じ始めたことの現れだと考えられる。
SoftBankとStargate──追い風とディスカウント要因の両義性
三つ目の前提である、SoftBank Group(以下、SoftBank)とStargate構想※の存在も、いまや単純な追い風としてだけは捉えにくくなっている。
もちろん、プラス面は明確だ。Stargateのような超大型AIデータセンター構想の中で、Armアーキテクチャが深く組み込まれていけば中長期の収益機会は大きく広がる。加えて、Armの大株主であり大口顧客にもなりつつあるSoftBankが、資金面や案件形成の面でArmを支えていること自体も、技術と事業の射程を広げるという意味では明らかな追い風である。
ただし、市場が見ているのはそれだけではない。SoftBankの存在感が強まるほど、関連当事者売上の増加や支配株主リスクといった論点も意識されやすくなるからだ。とりわけ高マルチプル銘柄(将来の劇的な成長を期待されてプレミアムな株価が形成されている銘柄)では、「その成長が市場競争の結果として獲得されたものなのか、それとも特定の株主に支えられたものなのか」という点が厳しく見られる。Stargateの内側ではエンジンであっても、市場全体から見ると、SoftBankの影は評価にノイズを持ち込みやすいのである。
要するに、SoftBank GroupとStargateは、Armにとって明らかな成長機会である一方、それだけでプレミアムを正当化できる存在でもなくなっているということだ。Stargateの内部では強い追い風だが、その外に出れば、関連当事者売上、支配株主リスク、ブランドイメージといった形で、むしろ評価を慎重にさせる要因にもなり得る。今回市場が見直し始めているのは、まさにその両義性なのだ。
※Stargateとは、OpenAIを軸に、米国および同盟国で段階的に構築されていくとされる次世代AIインフラ構築プロジェクトの総称。
RISC-Vとx86スタック──Armの“唯一無二プレミアム”を削る外圧
Armのストーリーを内側から揺らすのが中立性の変化やSoftBankの影だとすれば、外側から静かに効いているのが、RISC-Vとx86スタックという二つの圧力である。現時点ではいずれもArmを直接追い落とすほどの存在ではない。だが、「Armさえ押さえておけばAI時代のCPUはほぼカバーできる」という“唯一無二の物語”を、静かに侵食し始めているのは事実だ。
まずRISC-Vである。RISC-Vはカリフォルニア大学バークレー校で開発された、オープンソースのアーキテクチャとして広がり始めており、近年はエッジAI向けSoCなどで採用事例が増えている。まだ量的にはArmと比較する段階にはないものの、Arm自身が中立IPベンダーとしての立場を揺らし始めている以上、顧客にとって「いざとなればRISC-Vという選択肢もある」という逃げ道が見えるだけで、価格決定力やプレミアムは少しずつ削られていく。
また先に述べた通り、x86というデータセンター側からの圧力も存在する。クラウド事業者や大企業は、すでに莫大なx86サーバー資産を抱えており、それをすべてArmに張り替えるには時間もリスクもコストもかかる。
そんな中すでにNVIDIAやAMDは、x86スタックを生かしたAIデータセンター像を提示。GPUベンダー自身が、「Armに一本化しなくても、x86スタックのままでAIファクトリーは十分に運転できる」というメッセージを市場に発しているわけである。
要するに、Armを取り巻く環境は、下からはRISC-V、横からはx86という形で圧力がかかる構図に変わりつつある。Armが依然として重要なプレーヤーであることに変わりはないが、「AI時代のCPUアーキテクチャは最終的にArm一択になる」という単純なストーリーは、もはや維持しにくい。今回市場が慎重になり始めているのは、まさにこの“唯一無二プレミアム”の低下なのである。
まとめ:残る強さと変質したストーリー──Armをどう位置づけ直すか
いかがだっただろうか。
ここまで見てきたように、今回のArmの2026Q2決算は、数字だけを取り出せば「AIブームのど真ん中にいるIPベンダーらしい」教科書的な成長を見せた。それにもかかわらず下落したのは、Armの業績悪化ではなく、これまで高い評価を支えてきた“唯一無二の物語”が少しずつ揺らぎ始めたことを映している。
データセンターにおけるx86との併存が現実味を増したことや、RISC-Vの存在は、Armの中立IPベンダーとしての立ち位置にも変化を揺るがすものである。加えて、SoftBankやStargateの存在も、追い風である一方で評価を慎重にさせる要因になりつつある。
ここで勘違いして欲しくないのは、それでもなお、Armは依然としてエッジAIを中心に強いポジションを持ち、AIファクトリー経済の中で重要な土台を担う存在であることに変わりはないという点だ。
そのうえで今後我々投資家が求められることは、Armを「AI時代のCPUアーキテクチャ唯一の勝ち組」としてではなく、「複数の選択肢の中で、最も成熟したエコシステムを持つ中核プレーヤーの一つ」として位置づけ直していくことだろう。
だからこそ、過剰な幻想ではなく、関係企業間の売上動向や中立性の変化、RISC-Vのニュースフローといった、外部から確認できるシグナルに基づいて評価する視点を持ち合わせる必要がある。その意味では、物語先行ではなく、より外的根拠に基づいてArmの成長を測れるようになったと、前向きに捉えることもできそうだ。
編集部後記
こちらは、Fund Garageプレミアム会員専用の「プレミアム・レポート」の再編集版記事です。
公開から半年以上経った記事になりますので、現在の情勢とは異なる部分がございます。当時の市場の空気と、普遍的な知見の皆様にお届けできれば幸いです。
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