
AI相場が盛り上がるたびに、「これはバブルだ」という声が聞こえてきます。
しかし私たち投資家が本当に問うべきなのは、AI相場全体がバブルかどうかではなく、AI市場の構造を理解することなのです。
今回は、2000年に起きたITバブルの経験も踏まえながら、プロのファンドマネージャーが「AIバブル論」の本質について考えます。
投資での資産形成をお考えの方も、既に投資を始められている方も、ご自身の知識と照らし合わせながらご覧ください。
(Fund Garage編集部)
AI革命は本当にバブルか?——AI市場の構造を理解する
ITバブルの記憶
「ITバブル」という言葉は、いまや教科書や解説記事の中でよく使われるが、1988年から当時も含めて運用現場にいた者にとっては、複雑で後味の残る記憶だ。2000年で崩壊したITバブルとは、ドットコムと名が付けば中身を問わず資金が集まった銘柄があった一方で、Amazonや米Yahoo! Incのように、当時は赤字でも、インターネットというインフラの上で長期の事業モデルを組み立てようとしていた企業も存在した。当時の市場には、将来像だけを誇張したストーリー株と、のちに本当に産業構造を変えていく企業が、同じ「IT関連」という名前のもとに混在していたのである。
ここでの問題は、その複雑さが時間の経過とともに失われ、今や「ITバブル=テクノロジー株が一斉に高PERで買われ、最後に崩壊した出来事」という単純な記号に縮約されてしまった点にある。こうして単純化された記憶こそが、「テクノロジー株でPERが高ければ、バブルだ」という反射的な見方を生みやすくしているのだ。
バリュエーションが高い、チャートが急騰している、テクノロジーという言葉が躍っている——その三点を確認した段階で、「だからバブルだ」という結論だけを先に取り出してしまうのが、現在のAI相場で起こっている現象である。
しかし、本来問うべきは、ITバブルのときと同じく「何が周辺のガラクタで、何が構造変化の核なのか」という点なのだ。
エヌビディアのバリュエーションは本当に“バブル”か
今起きているAI革命の「本尊」が誰かと問われれば、少なくとも現時点でエヌビディア以外の名を挙げるのは難しいだろう。
同社は生成AIブームの前から、機械学習向けGPUの標準的な地位を築き、その上にCUDAや各種ライブラリを積み重ね、今やデータセンター向けAIインフラの中核を握っている。現に、マイクロソフトやメタ、アマゾン、グーグルといったメガテックから、オラクルのようなクラウド新興勢力、さらには各国政府や研究機関に至るまで、エヌビディアのプラットフォームに依存していると言ってよいだろう。
そのため、株価が大きく上がったエヌビディアに対して、「AIバブルの象徴だ」という声が出るのは一見わかりやすい。だが、運用の実務においては、バリュエーションを語るのであれば、まずは落ち着いてP/E(=PER、株価収益率。株価がその会社の利益の何倍まで買われているかの指標)から話を始めるのが筋である。「P/Eにはじまり、P/Eに終わる」というのが、私が長期の実務を通じて身体に染み付いた原則である。
確かに、エヌビディアのP/Eは安いとは言えない。将来予想ベースでは、おおむね40倍前後が意識される水準にある。ただし重要なのは、その40倍が、どれほどの利益成長に対してついているのかという点だ。というのも、成長が鈍い企業のP/E40倍はかなり危ういが、利益が高い伸びで増え続けている企業の40倍は、同じ意味にはならないからだ。
そこで参考になるのが、PEGレシオである。これは、P/Eを利益成長率で割ったもので、「株価の高さが成長でどこまで説明できるか」を見る指標だ。一般に1倍前後なら、成長と評価がおおむね釣り合っていると考えられる。エヌビディアの場合、足元ではこのPEGが極端に高いわけではなく、少なくとも「成長とかけ離れた異常な評価」とまでは言いにくい。
言い換えれば、エヌビディアのPERは、「AIバブルの本尊」として真っ先に断罪されるようなバリュエーションではないのだ。
一方で、エヌビディアには確かに“派手に見える”指標もある。たとえば、P/S(株価売上高倍率)やP/B(株価純資産倍率)だ。
P/Sは「売上の何倍まで買われているか」、P/Bは「純資産の何倍まで買われているか」を示す。これらだけを見ると、エヌビディアはかなり高く見えるため、「やはりバブルではないか」と言いたくなる人がいるのも分からなくはない。
ただし、ここには注意が必要だ。P/SやP/Bは本来、「売上と資産がバランスシート上に素直に表れるビジネス」に向いた指標である。典型的なのは銀行や製造業で、工場や店舗といった有形資産を大量に持ち、その上に売上と利益を積み上げるタイプの企業だ。ところがエヌビディアは、自社で大規模な工場を持つ製造業ではない。TSMCなどに製造を委託する設計会社であり、その価値の源泉は、半導体の設計力・CUDAを中心としたソフトウェア基盤・開発者コミュニティといった無形資産にある。こうした価値は会計上、帳簿に十分には表れないため、P/BやP/Sだけを見て「高すぎる」と判断すると、実態を見誤りやすいのだ。
したがって、「AIバブル」というレッテルのもとでエヌビディアを語る議論の多くは、P/SやP/Bといった見かけ上派手な数字を切り抜いているか、あるいはITバブルの記憶を雑に重ね合わせているかのどちらかだろうと思わざるを得ない。
本当に危険なのはどこか──“本尊”ではなく周辺のガラクタ
こうしてみると論点は自ずと次の一点に集約される。
それは、「AI革命の本尊たるエヌビディアが、構造的に見て全面的なバブルとは言い難いのであれば、相場全体を揺るがしかねないリスクはどこに潜んでいるのか」という問題だ。そしてこれに答えるためには、「AI関連株」という雑な括りをいったん解体し、コアと周縁をきちんと分けて考える必要がある。
まず、AI革命のコアに位置するのは、言うまでもなくエヌビディアをはじめとするインフラ企業だ。ここには、GPUとその周辺ソフトウェアを提供する企業、クラウドプラットフォームとしてAI計算資源を束ねるメガテック、さらには大規模なデータセンター投資を継続している企業群が含まれる。彼らはすでに多額の売上と利益を計上し、フリーキャッシュフローも黒字だ。こうした企業の株価が調整することはあっても、それは基本的に「期待と成長率のすり合わせ」の問題であって、ビジネスそのものが消えてなくなる類のリスクではないだろう。
これに対して、本当に危険なのはAI相場の周縁である。
具体的には、「AI」「生成AI」「LLM」といったラベルを掲げてはいるものの、実際の売上規模が極めて小さい企業や、利益構造がまったく固まっていない企業である。
製品が試験導入の段階にとどまり、顧客基盤も薄く、キャッシュフローもマイナスのままなのに、「AI関連」というだけで株価売上高倍率(P/S)だけが異様に高くなっている銘柄は少なくない。ITバブル末期に、「ドットコム」と名が付くだけで高く買われた企業群と重なる部分があるのは、むしろこちらではないか。
リスクは、この周縁部分にレバレッジが重なっていくところで拡大する。
レバレッジとは、信用取引やオプションなどを使って、手元資金以上の大きさで取引をすることだ。上昇局面ではそれが勢いを生むが、ひとたび流れが逆回転すれば、売りが売りを呼ぶ。上がるときは「次のエヌビディア」と持ち上げられるが、崩れるときは一気に数分の一まで下がる。このプロセスそのものは、ITバブルの時代とも大差ない。
ただし、ここで勘違いしてはいけないのは、周辺の崩壊と、構造変化そのものの否定は別だということである。
ITバブルの時代を振り返れば、確かにドットコム企業の多くは壊滅的な下落を経験した。しかしその一方で、インフラとしてのインターネットは消えるどころか、その後の20年で世界の経済構造を塗り替えたのだ。その過程で時価総額を桁違いに増やしていった、AmazonやGoogleのような企業が代表的だろう。
今のAIについても同じことが起こり得る。周辺の投機的な銘柄が吹き飛ぶことはあっても、AIファクトリーとしてのデータセンター、電力・冷却・ネットワークへの投資、常時推論を支えるインフラ需要までが消えるわけではない。エヌビディアをはじめとするコア企業の利益が一時的な景気後退や競争環境の変化によって揺さぶられることはあっても、AIそのものが「なかったこと」になる可能性は極めて低いだろう。危ういのはあくまで、その周りにぶら下がる投機的なストーリーと、過剰なレバレッジなのだ。
したがって、投資家が本当に神経を尖らせるべきは、「AIバブルか否か」という抽象的な議論ではなく、「自らのポートフォリオの中にどれだけの周縁的なリスクが潜んでいるか」という点である。自分が保有しているAI関連銘柄は、本当にエヌビディアやメガテックのようなコアの構造につながっているのか。それとも、「AI」という看板を借りただけの、利益なき成長の再演に過ぎないのか。決算と事業構造を一つひとつ点検していけば、その違いは決して見えないものではないはずだ。
まとめ:「バブル」という言葉に逃げないために
ここまで見てきた通り、いま市場で語られている「AIバブル」という言葉の多くは、厳密な分析とは言いがたい”曖昧な”議論に過ぎない。だからこそITバブルの記憶を雑に一般化し、「テクノロジー」「高PER」「急騰チャート」という三点セットを見ただけで反射的に「バブルだ」と叫ぶ思考パターンに囚われているのではなかろうか。
しかし、AI革命の本尊たるエヌビディアのバリュエーションを落ち着いて検証すれば、それは「高いが、構造的に説明可能な水準」に収まっている。
むしろ、本当に危ういのは、AI相場の周縁部のほうだ。「AI」「生成AI」といった看板だけを掲げ、売上も利益も貧弱なままP/Sだけが跳ね上がっている様子は、ITバブル末期のドットコムと驚くほどよく似ている。しかし、1988年から日米株式市場をリアルに見てきたファンドマネージャーとして私が確信しているのは、「相場のガラクタ部分が燃え尽きること」と、「構造変化そのものが否定されること」は別物だということだ。
2000年、ドットコム株の多くは消えたが、インターネットそのものは次の二十年を通じて世界経済のインフラとなった。同じようにAIの現代も、周辺の投機的な銘柄は淘汰されるだろうが、常時推論を支えるAIファクトリーという構造は簡単には逆行しないだろう。
だからこそ、投資家に求められるのは、「AIバブルか否か」という抽象的な二元論に参加することではない。自らのポートフォリオを前に、どれが本尊につながるコア資産で、どれが周縁のストーリー株なのかを、自分の目で点検し続けることだ。決算と事業構造を追い、利益とキャッシュフローがどこで生まれているのかを確認する。そのうえで、バリュエーションが高いと判断するなら、どの前提が崩れたときにリスクが顕在化するのかを、具体的な仮説として持っておく。それが「バブル」という一言に逃げない態度であり、投資で収益を挙げられる唯一の方法だろう。
AI革命は、間違いなく投資家にとって大きな試練であり、同時に大きな機会でもある。ITバブルを過去の悲喜劇として消費するのではなく、あの時代に何が愚かで、何が本物だったのかを踏まえたうえで、今回のAI相場に向き合うことができるかどうか。そこに、これから十年、二十年のリターンの差が生まれるはずだ。
編集部後記
こちらは、Fund Garageプレミアム会員専用の「プレミアム・レポート」の再編集版記事です。
公開から半年以上経った記事になりますので、現在の情勢とは異なる部分がございます。当時の市場の空気と、普遍的な知見の皆様にお届けできれば幸いです。
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