FG Free Report 【トランプ関税は本当に悪か?】グローバリズム再考と投資戦略(8月11日号抜粋)

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「国際社会が懸念」「関税で景気減速」──私たちは日々、こうした言葉を疑うことなく受け取っていないでしょうか。

しかし一度、「国際社会とは一体何を指すのか」あるいは「関税は本当に悪なのか」ということを冷静に考えてみると、違った景色が見えてくるかもしれません。

今回は、トランプ関税とグローバリズムを手がかりに、投資判断に必要な視座をプロのファンドマネージャーがお伝えします。

投資での資産形成をお考えの方も、既に投資を始められている方も、ご自身の知識と照らし合わせながらご覧ください。

(Fund Garage編集部)

「国際社会」という幻想、「関税で減速」という虚構──報道を読み解く力

「国際社会」は実在しない:正義に見せかける言葉の仕掛け

「国際社会からの強い非難」

「国際社会の一致した行動が求められる」

「国際社会に大きな波紋」

──こうした表現を、私たちはニュースや新聞記事で頻繁に目にする。まるで「国際社会」という言葉が、正義の代名詞であるかのように。

しかし、今こそ私は問いたい。この「国際社会」とは、一体何者なのか。どれほどの実体を持つ言葉なのか、と。

結論から言えば、

「国際社会」とは、実在する主体ではない。責任主体としての裏付けを持たない抽象概念でありながら、あたかも世界秩序の統治機関であるかのように語られる“幻想”である。

つまり、文脈によって恣意的に変化する「みんなの意見」として機能しているにすぎない。まさに、日常会話で使われる「みんながそう言っている」の“みんな”と同じである。問い詰めてみれば、「誰と誰と誰がそう言っているのか?」と聞かれて即答できる者は少なく、仮に数名いたとしても、その声が世界の正義であると主張できる根拠はどこにもない。

ここには、主語の責任が意図的に曖昧にされているという、極めて重要な構造がある。「誰がそれを決めたのか? 」「誰が責任を取るのか?」そうした問いに答えないまま、「国際社会が怒っている」「国際社会が制裁を課すべきだ」といったフレーズだけが流通していく。

したがって、私たちがメディア報道に触れるとき真っ先に行うべきは、「その国際社会とは、誰と誰を指すのか?」「誰がどのような権限でその意見を代表しているのか?」と立ち止まって考えることである。もしその問いに答えられないのであれば、それは幻想にすぎない主語で語られた、責任なき言説であると見抜くべきだ。

さらに問題なのは、「国際社会」という語が持つ道徳的かつ正義的なオーラだろう。ロシアがウクライナに侵攻すれば、「国際社会が非難する」と書かれる。中国が人権問題で批判されれば、「国際社会が圧力をかける」となる。

しかし、同様の問題が欧州諸国や米国に起こった場合、それは「国際社会による自己批判」とはならず、むしろ沈黙や相対化が支配する。このダブルスタンダードの背後には、「国際社会」があたかも西側諸国の代名詞であるかのように使われている事実がある。

つまり「国際社会」という語彙は、実質的には“リベラル西洋民主主義圏”の自己正当化の装置として機能してきたと言えよう。

トランプ関税再考:MAGAはアメリカを強くするだけのものではない

しかしそのような、見えない上位権力に従属するような思考は、主権国家としての成熟とは対極にある。実際、米国はトランプ政権を通じて明確にこの幻想を打ち破ろうとしている。

それが、「MAGA(Make America Great Again)」に基づく関税政策だ。

メディアは、関税を「成長の敵」と決めつける。トランプ政権が相互関税を発動すると聞けば、まるで市場に破滅が訪れるかのように報じ、ウォール街の眉間に皺が寄る様子を描写する。

しかし本当に、「関税=悪」なのだろうか。

現在アメリカが行なっている相互関税政策とは、MAGAというトランプ大統領の政治哲学に基づく、極めて一貫した国家戦略の一部である。そもそも、今回の関税措置は「発動された」のではなく、「公約として再選された」政策なのだ。つまり、アメリカ国民の過半数が支持し、政治的正統性を得た構造転換の一部であるという点を忘れてはならない。

では、MAGAの関税は、何を目指しているのか。輸入品の価格上昇を通じた一時的なインフレや、対外赤字の改善といった表層的な目的に過ぎないのか。

いや、真に目指しているのは、「搾取される米国」から「交渉する米国」への転換である。

アメリカはこれまで、巨大な市場と軍事的安定を背景に、世界各国に経済成長の“ミルク”を与えてきた。低関税で輸入品を受け入れ、金融と技術で支援し、グローバル企業が安心してサプライチェーンを構築できる基盤を提供してきた。

その代わりに、アメリカは国内製造業の空洞化・貿易赤字の慢性化・失われた労働階層という“代償”を支払ってきたという事実がある

トランプ大統領が掲げる相互関税は、こうした構図を反転させる「制度的断乳」である。すなわち、「もうこれ以上、米国は世界のATMや育児室ではない。対等に取引し、互いに自立した関係を築くべきだ」という明確なメッセージなのだ。

確かに、関税は短期的な市場の混乱や価格上昇をもたらすかもしれない。しかしむしろ、それを通じて米国内に戻ってくる産業・新たに生まれる需要・再編される労働市場こそが、次の成長の源泉となりうるのだ。

そして本当に問われるべきは、この変化に世界がどう応じるか、である。関税を悪と断じて現状にしがみつくのか、それとも制度転換のシグナルとして受け止め、自国の経済構造を再設計する契機とするのか。

米国は今、「我々はこれから自立する。あなたたちもそうすべきだ」と語っている。関税とは、成長の放棄ではなく、構造的な自立を求める声なのだ。

「国際社会がどう言おうと、我々は我々の利益を守る」

「国際ルールが歪んでいるなら、それを是正する」

「多国間ではなく、双方向の責任ある交渉を重視する」

アメリカのこの姿勢は決して利己主義ではない。各国が主権と責任を持った上で、再び真正な意味での国際秩序を築いてゆこうという挑戦なのだ。

グローバリズムの再定義:本来の意味と現実の乖離

「グローバリズム」という言葉も、「国際社会」と同様に現代において定義の錯綜した概念だ。

かつては自由と平和の象徴のように語られていたこの言葉が、今では経済的不均衡や主権の空洞化、アイデンティティの喪失といった負のイメージをも帯びるようになった。それは、グローバリズムという理念が、制度として現実に実装されたとき、理想と現実の間に深い断絶を生んだからである。

そもそも、グローバリズムとは本来、自立した主権国家が対等に交易し、協調し、相互依存の中で平和と繁栄を築くという理念だった。各国が国民の生活を支える制度を持ち、その制度の上に立った交渉と合意によって、国際的なルールと市場を整備していくのだ。

だが、1990年代以降に展開された実際のグローバリズムは、この理念とは異なる方向に進む。それは、主権国家を土台とするのではなく、主権を迂回する超国家的な経済活動を推進するものだった。

  • 市場が政治を凌駕することで、国民の意思よりも投資家の利益が優先される
  • 自国の雇用や産業が、他国の制度設計に依存するようになる
  • ルールの不在を悪用した“秩序なき自由”が、途上国や低所得層にしわ寄せを押し付ける
  • 規模とスピードにおいて優位な国や企業が、制度を無視して事実上の支配構造を築く

こうした構造の歪みを正そうとするのがMAGAの関税政策であり、トランプ政権が試みる「主権の再主張」なのだ。

「自由貿易を守れ」という情緒的スローガンではなく、どのような制度設計が真に自由と責任のバランスを取り、各国の主権を維持しながら共存を可能にするかという、本質的な構造論である。

この点において、トランプ政権の「反グローバリズム」は誤解されている。彼らが否定しているのは、グローバリズムの理念というよりは、それを歪めた運用に対してだ。

まとめ:感情に左右されず、「構造」に目を向けた投資判断を

今回の米国による相互関税の発動に際し、日本の投資や資産運用の市場界隈で見られた反応は、少なくとも冷静とは言い難かった。

トランプ関税に対する負のイメージをまとったフレーズが、論拠を伴わないまま、市場の空気として拡散されていく。報道は感情に同調し、感情は売買に反映され、数値は歪む。そしてその歪みをまた“リスク”と報じる…。この循環は、構造ではなく心理が支配する局面で起きる典型例である。

だからこそ我々投資家には、「何を正しい情報として読み取るべきか」を判断する能力を備えなくてはならない

そしてその正しい情報は、「一次情報」として常に存在する。

たとえば、2025年Q2の関税収入はGDP比0.9%に達し、1960年代以降の水準を大きく上回った。もちろん、関税収入の増加は消費者負担や企業コストの増大という副作用を伴うが、それすらも制度的再編の“初期投資”と見れば、理にかなっている。

だから、「関税で米国が衰退する」という物語は、因果が逆転している。米国は、成長のために関税を使っているのであって、衰退の結果として関税を発動しているのではない。

ただし、表面的なニュースのノイズに慣らされた目と耳では、そこに意味を読み取ることができなくなってしまう。

幻想の「国際社会」に判断を預けることこそが、自国の制度を自ら設計し世界と交渉する意志を放棄することに等しい、ということを理解しておこう。

この原則を見失うとき、我々はグローバル秩序という言葉に振り回され、自国の制度設計を他人任せにするいわば“制度的奴隷”となってしまう。そして、それは投資判断にも、外交戦略にも、将来の主権的選択にも、致命的な思考停止をもたらすことになる。

不安に共鳴することは簡単だ。だが、それは投資ではない。不安を構造に翻訳し、その先にある合理へと歩を進められるかどうか──それが、現代の投資家に問われている知性だと私は信じている。

編集部後記

こちらは、Fund Garageプレミアム会員専用の「プレミアム・レポート」の再編集版記事です。
公開から半年以上経った記事になりますので、現在の情勢とは異なる部分がございます当時の市場の空気と、普遍的な知見の皆様にお届けできれば幸いです。
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