神学論争に近い話だ
この議論は神学論争のようなもので、結論なんて出ないもの(『その投資信託、ほんとに買っても大丈夫ですか?=心得5』)だが、実際に、前職である英国バークレイズ銀行のWealth Management部門(所謂超富裕層向けプライベートバンク)でインベストメント・ソリューションチームを率いていた時、博士号を持つロンドンの行動経済学の専門家と色々と議論をしたことがあります。
またお客様のニーズにお応えするため、色々な方法でお客様のプロファイリングをするのですが、項目の一つに「お客様がアクティブ運用を志向されるか、それともパッシブ運用を志向されるか」を確認する方法がありました。
勿論、行動経済学に基づいて、世界中の投資家のデータを元に解析したプログラムで、お客様のお考え(顕在化しているかいないかは関係ない)を知り、それに適ったご提案をするようになっていたのは言うまでもありません。
ここでひとつとても参考になるのは、どちらを志向されたとしても、それはある意味では好み、思想の問題であり、良し悪しや優劣といった話では無いという事です。実際、元々アクティブ運用のファンドマネージャーとして育った私は最高位でアクティブ運用を志向する結果になりましたし、件の行動経済学の博士号を持つ専門家はパッシブ運用を最高位で志向するという真逆の結果になっていました。そして博士曰く「どちらも正しい結果です」と。
それに比べると最近の議論はやや商業的と言うか、感情的な側面が強く打ち出されているように思っています。すなわち「高い運用報酬を払ってプロのファンドマネージャーに任せているのに、インデックスに長期亘って勝ったファンドは数少ない(殆ど無い)。ならば最初からインデックス運用で良いじゃないか。その方が運用報酬も安くて済むし」というのが論点になっているように思います。
ロンドンの博士とのディスカッションの中でも度々出てきたテーマなのですが、ポイントのひとつは「運用報酬が高いか低いか」ということで、本質的なアクティブ運用とパッシブ運用の運用手法自体の比較では無い場合が多いということです。また「プロに任せたのに」というやや感情的な面も入っていると思います。
別のコラムでも書いたと思いますが、私はファンドマネージャーに「プロ」は居ないと思っています。労働の対価として費用を貰うということをプロと呼ぶならば職業ファンドマネージャーは全員「プロ」ということになりますが、「プロ」という響きには素人よりも格段に優れた技の持ち主で、もし素人と戦えば常勝が当たり前というニュアンスの方が強いと思っています。その意味で「プロ」は居ないと考えています。
話が横道に逸れました。
そもそもアクティブ運用とパッシブ運用の違いとは何でしょうか?
パッシブ運用とは、インデックス運用に代表されるように、日経平均株価やNYダウと言った、何らかのインデックス指標をなぞるようなパフォーマンスを現出させる運用手法のことを言います。なので、インデックス指標を構成する銘柄数が少なければ(例えば日経平均ならば225銘柄、NYダウなら30銘柄)、インデックスそのもと全く同じように全株式を保有するというのが最良の方法となります。
一方、アクティブ運用とは、何かのインデックス指標をベンチマーク(道標)として、一定期間の運用収益がベンチマークを上回るような運用を目指すものとされます。
よって、何も考えずに、企業分析や調査など手間暇かけずに全銘柄を買ってしまえば良いだけのインデックス運用、すなわちパッシブ運用の方が運用コストは安くなるため、お客様にお支払い頂く運用報酬が、綿密に企業分析や調査に手間暇を掛けないとならないアクティブ運用よりも安くなるという構図になっています。
そして議論となるのが
- 「一定期間の運用収益がベンチマークを上回るような運用」を営々と続けることは出来るのか出来ないのか?
という話になり、実績としてはアクティブ運用の方が分が悪い結果を残しているとされています。
理屈の上では、「株価は企業収益の鏡であり、増収増益の会社の株価はより値上がりし易く、減収減益の会社の株価は値下がりし易い」ということになりますから、インデックス指標に含まれる銘柄を増収増益順に並び替えて、上位半分だけに投資をしたら、きっと全銘柄に投資をするよりもパフォーマンスは良いものとなる筈です。問題は、それは「言うは易く行うは難し」だということです。
増収増益か、減収減益かなどを見分ける方法は、未来予測をする話なので、タイムマシーンを持っている人以外、何らかの手法で仮説を立てたり、仮定を置いたり、傾向値を探ったりするしかありません。来年のことなど誰にも分からないのですから。
問題は、その何らかの手法の部分です。「徹底的な企業調査を行います」とか、「年間○○社以上の企業を訪問し、各種学会やイベントなどにも参加して、右肩上がりのビジネストレンドの中の勝ち組を探します」とかいうのが代表的なアクティブ運用の謳い文句ですが、ひとつの同じ手法の有効性が永遠では無いということです。模倣する人が増えれば増える程、そこに優位性は無くなるからです。
例えば、20年間遡れば、ファンドマネージャー自身が会社訪問をして、実地検分の中から優位性を見つけるというボトムアップ・アプローチの手法はまだまだ一般的ではありませんでした。ただパフォーマンスの良い少数のファンドマネージャーの秘伝の手法がそれだということが広まり、醜い年間訪問件数争い(実際面白かったのは、あの人数で、年間あれだけの件数の会社を回っているのが本当なら、インタビューは一社当たり5分と取れないだろうみたいなのさえ、冗談でなくありましたから)などが繰り広げられて、ボトムアップ・アプローチ手法も一般化してしまいました。すなわち、この方法に既に優位性は無くなったということです。みんながやっていることになってしまったからです。
もうひとつの側面は、ファンドマネージャーにも栄枯盛衰があるということです。つまりライフサイクルです。どういうことかと言えば、ファンドマネージャーの基本的な資質としては、頑固者、強靭な胆力などがありますが、普通の人と同じようにメモリー機能があり、成功体験を引き摺るというのがあります。当然、常に努力してやり方を進化させようとしていますし、必要な時は完全な自己否定さえも出来る人達ではありますが、成功体験を完全に脳回路から抜き去るのは容易ではありません。それが出来た者だけが次のサイクルでも生き残り、タイミングを逸した者は負けていくしかありません。概ねそのサイクルは短かければ3年、長くて10年から15年程度ではないでしょうか?
だからこそ、そのサイクルよりも長い期間で測定すると、アクティブ運用がベンチマーク(インデックス指標)に勝ち続けることは無いという結果が出てしまうのです。
その呪縛から逃れる方法はあるのか?
と言えば、ファンドを組成する立場で考えれば「あります」と言えます。ファンドマネージャー自身の立場だけを言えば、ケースバイケースとしか言えません。逃れる方法は、マルチマネージャー方式を取り「常に旬のファンドマネージャーを集め、お互いに干渉させずに運用させる」ということです。CIO(Chief Investment Officer)は常に個々のファンドマネージャーのパフォーマンスを管理し、出処進退を決めるのが仕事になります。
なので、日本の運用会社にありがちな「チーム運用」や「組織にノウハウを蓄積する」という発想は、全く意味が無い事なります。合議してチーム運用をしたり、組織に蓄積したとされるノウハウは、それまでの成功体験のメモリーでしかありません。前職でファンド・セレクションをして分かったのですが、欧米にはこうしたマルチマネージャー方式の運用がちゃんとあります。ファンドマネージャーをクビにするのも簡単だからかも知れませんが・・・。
ならばパッシブ運用、すなわちインデックス運用に問題点は無いのかと言えば、前述の例で言えば、なぜ「減収減益の企業」、すなわち株価はこれから下落することが明らかな会社にまで、大事な虎の子の投資資金を使って投資しないとならないのか?ということが合理的な投資とは呼べないということです。
市場原理の良いところの一つは、弱肉強食が故に、駄目な企業は市場から退場を命じられるというところにあります。血も涙もないようなことを言うかに聞こえるかも知れませんが、実際に日銀がETF購入を通じて、日本市場の株をごっそり買い漁ることで、退場すべきを免れた会社は一社や二社では無い筈です。そんな投資効率の悪さを容認するのがパッシブ運用のひとつの側面です。
アクティブ運用とパッシブ運用、どちらが良いのか、優れているのか、という答えは出ません。双方に言い分があり、双方にメリットデメリットがあるからです。コスト構造については業界全体で議論の余地はあるかも知れません。ただ、何れにしても神学論争を聞いているようなもので「あなたは仏教徒ですか?キリスト教徒ですか?それともイスラム教徒ですか?」と同じものだといえます。
投資信託を買おうと思われている投資家の貴方のすべきことは、そのファンドの運用ポリシーが費用対効果の面も含めて、納得のいく形のものかどうかということです。残念ながら、希望に叶う「これぞ逸品」というファンドは無いかも知れません。でも色々と組み合わせることで希望に近い形のものは出来るかと思います。その希望を叶えるのが、金融機関の営業マンの仕事の筈です。