
AIへの巨額投資をめぐり、市場ではいまだ「バブルではないか」という議論が続いています。
しかし、ダボス会議の対談でNVIDIAのジャンセンCEOとBlackRockのラリー・フィンクCEOが語ったのは、ただのAI技術論を超えたインフラ投資の話だったのです。
今回は、多くの示唆に富む対談の内容をプロのファンドマネージャーが詳しく解説します。
投資での資産形成をお考えの方も、既に投資を始められている方も、ご自身の知識と照らし合わせながらご覧ください。
(Fund Garage編集部)
ダボスで語られたAI投資──AIは“バブル”ではなく“インフラ”
BlackRock ラリー・フィンクCEOの問題提起
世界経済フォーラム(World Economic Forum)の年次総会、通称「ダボス会議」が、2026年1月19日から1月23日まで開催された。今回取り上げるのは、そのダボスの舞台で交わされた、NVIDIAのジャンセン・ファンCEOと、世界最大級の資産運用会社であるBlackRockのラリー・フィンクCEOの対話である。
フィンクCEOは、大きく以下の4つの問いを、ジャンセンCEOに投げかけた。
- なぜ今回のAI革命は、本質的な成長エンジンになり得るのか。過去の技術革新と何が違うのか。
- AIによって雇用はどう変わるのか。インフラ投資が雇用を生む一方で、金融や法務などのホワイトカラーは置き換えられていくのか。
- 誰がAIを使いこなすのか。新興国は飛躍できるのか、米国・アジアだけでなく欧州にも“勝ち筋”はあるのか。
- 今のAIは本当にバブルなのか。それとも、世界経済を広げるためのインフラ投資はまだ足りないのか。
フィンクCEOの問いが興味深いのは、彼が「AIは凄いか/凄くないか」といった技術礼賛の会話を最初から拒んでいる点だ。彼が問うているのは、AIが世界経済そのものを拡げ得るのか、それとも、富と機会を一部へ集中させて社会を狭めてしまうのかという、構造変化だったのだ。
では、ジャンセンCEOはこの4つの問いにどう答えたのか。次項から順に見ていこう。
AIは“モデル”ではなく“インフラ”である
まず、今回のAI革命と過去の技術革新との違いについて。ジャンセンCEOの回答は、いわゆる「生成AIの未来」を語る講演とは違い、終始一貫して“投資家の現実”にまで落とし込んでいた。
はじめに彼が強調したのは、AIを賢い会話モデルとして見るかぎり議論は浅くなる、ということだ。たしかに、ChatGPTやGeminiやClaudeは誰もが触れられるAIとして革命的な存在である。しかし、AI革命の本当の価値は、生成AIという驚きの体験そのものではなく、その驚きを入口として、現場へ“止めない運用”が入り込む速度が加速することなのだとジャンセンCEOは語る。
従来のソフトウェアでは、人が手順をプログラムする必要があった。ところが生成AIは、自然言語による曖昧な指示からでも意図を推定し、作業を遂行できる。この使いやすさがAIの普及を加速させ、企業でもAIを単に「使う」のではなく、「雇う」ような常時運用へと移行させているのだ。
すなわち、ジャンセンCEOが見ている本丸は、AIが新しい計算プラットフォームとして社会の土台に入り込み、産業の構造そのものを作り替える局面なのである。
加えて彼は、AIを五層で捉える見取り図を示した。最下層にあるのはエネルギー、次に半導体と計算インフラがあり、その上にクラウド、モデルと、最後にアプリケーション(=業務・製造・創薬・物流・金融など)が来る。世間は「AI=モデル」と考えがちだが、産業としてのAIはモデルだけでは成立しない。この五層が同時に立ち上がって初めて、AIは経済の実需になるとジャンセンCEOは指摘する。
だからこそジャンセンCEOは、今起きていることを「人類史上最大のインフラ建設」と表現するのだ。推論を常時回し、現場の判断と制御に組み込むほど、計算資源は指数的に必要になる。結果として世界中で工場が増え、サプライチェーン全体が動き出す。すると、半導体製造の拡張だけでなく、コンピュータの組み立て工場・メモリ投資・電力の確保が連鎖的に積み上がる。
まとめると、フィンクCEOが投げかけた「AIは世界経済そのものを拡げられるのか」という問いに対し、ジャンセンCEOが示したのは、AIがモデルだけの技術ではなく、電力・半導体・クラウド・アプリケーションまでを動かす巨大なインフラ投資となり、世界経済へ新たな需要を生み出していく、という構図だった。
AI革命下の雇用論──「purpose(目的)」と「task(作業)」を切り分ける
そして議論は、雇用の話題へと移る。フィンク氏は、AIインフラ建設が電力・建設・配管・電気といった技能職の需要を増やすだろうという話には一定の納得を示しつつ、同時に金融や法務といったホワイトカラー領域では、より直接的な代替が進む可能性を口にする。情報収集と下調べの速度が上がれば、同じ成果をより少ない人数で出せるならば、アナリストも弁護士も減るだろう、と。
ここでジャンセンCEOが提示した答えは、「仕事(job)」を一括りにせず、「目的(purpose)」と「作業(task)」を分けて考えるべきだということだ。人間の仕事は、価値を生む「目的」と、それを実行するための無数の「作業」で構成されている。AIが置き換えるのは多くの場合、「作業」の方だ。「作業」が高速化されれば、人は目的の達成により多くの時間を使えるようになる。するとアウトカムが改善し、需要が増え、結果として雇用が増えるケースが生まれるのだ。要するに、AIは雇用を“奪う”か“守る”かではなく、職能の内部構造を再配分する装置だという位置づけである。
ジャンセンCEOが例に挙げるのが放射線科だ。10年前、「画像診断はAIで置き換わり放射線科医は消える」と言われた。しかし現実は逆だった。AIが画像を読む作業を助け、診断までの時間を短縮し、患者を待たせない。結果として医師はより多くの患者を診られるようになり、病院は受け入れ能力を増やし、収益が改善し、むしろ人員を増やす方向に働いた。そう、ここで消えたのは「目的」ではなく、「作業」の滞留なのだ。
この整理は、フィンクCEOが示した「アナリストは減る」という見立てとも矛盾しない。情報整理や下調べといった作業はAIで圧縮される一方、新たな需要によって雇用が増える分野もある。つまりAI革命では、雇用が減る領域と増える領域が並走するのである。
誰がAIを使いこなすのか──勝負はモデルの優劣ではなく“実装力”で決まる
フィンク氏の問いが鋭いのは、雇用の次に「誰がAIを使いこなすのか」という偏りの問題へ自然に移っていった点だ。新しい技術は、普及の初期ほど教育層や情報強者に偏りやすい。しかもAIは単なる便利ツールではなく、意思決定や生産性そのものを押し上げる道具である以上、その偏りは所得格差や産業格差に直結する。
ジャンセンCEOは、AIは国家インフラの一部であり、電力や道路と同じようにAIが必要のない国は想像できないという立場をとった。興味深いのは、AIを「輸入できる」と言い切る一方で、各国は自国の言語や文化を取り込んだ“自国AI”を育てる道も開かれているとした点だ。これは、オープンな推論モデルが増えたことによる恩恵である。そして、ここに新興国の可能性があると言う。
さらにフィンクCEOは、米国とアジアの企業が中心に見える現状を踏まえ、欧州に勝ち筋があるのかを問うた。それに対しジャンセンCEOは、欧州の強みを「産業基盤」と「深い科学」として表現した。たしかに、ソフトウェアの時代は米国が勝っただろう。しかしAIは、先に述べたように、従来のソフトウェアが人間によって「書かれる」ものだったのに対し、AIは現場の知識やデータを使って「教える」ものになりつつある。だからこそ欧州には、製造業とAIを組み合わせたPhysical AI、特にロボティクス領域に勝ち筋があるとジャンセンCEOは見る。つまり欧州が勝つためには、AIを“使える”だけでなく、“回せる”構造を作らなければならないと指摘した。
このパートの結論は明確だ。AIの覇権争いは、モデル競争というより実装競争であり、制度・産業・教育・エネルギーを含む総力戦に近い。そしてこの総力戦の中で、勝者が一部に固定されるのか、それとも新興国や欧州を含めて広がるのかは、資本の投下先と普及設計に左右されるということである。
バブル論の最終処理──「バブルか否か」ではなく「投資は足りているのか」
市場ではいまだに「AIはバブルか」という議論が絶えない。だが今回の対談が面白いのは、その問いを真正面から受けつつも、議論が“泡か否か”という二択に落ちなかった点だ。フィンクCEOが問いかけたのは、「バブルかどうか」ではなく、「我々は十分に投資しているのか」という議論であった。
ジャンセンCEOの返答もまた、センチメントの反論ではなく、投資家が検証できる現実に寄せる。バブルかどうかを測るテストは単純だという。NVIDIAのGPUは主要クラウドに広く入っている。もし計算資源を借りようとすれば、簡単には借りられない。しかも最新世代だけでなく、二世代前ですら価格が上がっているという事実がある。もしバブルで需要が萎んでいるなら、この現象は説明しにくいはずだ。つまり、必要な計算資源が逼迫し、価格が上がり続けるなら、そこには実需があるということ。
ここで彼が強調するのは、投資の巨大さを“異常”と見るのではなく、“必然”として捉える視点である。AIは五層の産業であり、企業が研究開発や設備投資の比重をAIへ移し始めている。こうした予算配分の変化が広がるほど、計算資源の需要は、一過性の設備導入ではなく、継続的な運用需要へ変わる。だからこそジャンセンCEOは、現在の状況を「投資過剰」ではなく「供給不足」として捉えているのだ。
そしてこの議論は、再びフィンク氏の冒頭へ回帰する。AIを支えるインフラは、長期資金の投資対象として極めて重要であり、年金を含む制度マネーが“傍観者”になるべきではない。ここで語られているのは、短期の株価の話ではない。世界経済が広がるために必要な基盤をどう作るか、という話である。AIの勝者を当てるゲームではなく、AIが公共インフラとして社会に組み込まれる過程で、どこに資本が流れ、どの地域が実装力を持ち、どの職能が再配分されるのか——その構造を見誤らないことが重要になる。
まとめ
今回の対話は、巷に溢れる「AIはバブルか」という軽い論争とは、明らかに空気の違うものであった。
フィンクCEOは、AIは世界経済を広げるのか、それとも格差を生むのかという問いを投げかけた。それに対しジャンセンCEOが一貫して示したのは、AIの本丸はモデルそのものではなく、止まらない運用(=常時推論)が社会へ入り込むことで生まれる巨大なインフラ需要だという見方である。
この対談がAIを「モデルの賢さ」から引き剥がし、「実装と需給の現実」へ引き戻した点は重要だ。投資家が見るべきなのは、バブルか否かという印象論ではなく、投資がどこに向かい、何が不足し、どの層で実需が積み上がっているのかという長期的な構造変化なのである。
編集部後記
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