さて、前回の無料記事『Copilot+ PCの普及とArmの強み』では、アクセラレーテッド・コンピューティング分野におけるArmの活躍についてお伝えしました。現状として、今後新たな潮流を巻き起こすような技術革新が着々と進んでいるということは、理解していただけたでしょうか。
しかし、この知識を投資判断にうまく利用するためには、企業価値の源泉を見極めることがもっと重要になってきます。
本記事では、前回説明した「Armの強さ」の源泉はどこにあるのか、そしてArmの技術がなぜ現代に必要不可欠であるのかを、Armのビジネスモデルとビジネスフィールドという2つの観点から探ります。
投資での資産形成をお考えの方も、既に投資を始められている方も、ご自身の知識と照らし合わせながらご覧ください。
(Fund Garage編集部)
Armの強さの源泉とは?
Armのビジネスモデル——インテルとの違いから見えるもの
まず、Armのビジネスモデルについて詳しく説明したい。分かりやすく今回は、Armと同じ「半導体企業」としてよく紹介されるインテル(INTC)と比較しながら確認していこう。
◎Armのビジネスモデル
「ライセンスモデル」と呼ばれる。Armは自社で半導体を製造するのではなく、プロセッサの設計図(アーキテクチャ)を提供し、そのライセンスを半導体メーカーに売ることで収益を上げている。したがって、厳密には「半導体企業」と言えないかもしれない。
例えるならば、自動車の完成車メーカーに「エンジンの設計図」を提供するようなものだ。でも、エンジン自体は作らない。あくまでも完成車メーカー自身が、提供された設計図を使ってエンジンを作る。しかも、エンジン・ルーム内の構造は車種によって異なるため、完成車メーカー自体が独自に考えて設計する自由度が残されている。
◎インテルのビジネスモデル
「インテグレーテッド・デバイス・マニュファクチャラ―(IDM:Integrated Device Manufacturer)」と呼ばれる。これは、半導体の設計のみならず自社で製造・販売まで行っているという意味だ。このためメリットとしては、製造と設計をコントロールできる点が挙げられる。しかし、製造設備への投資が大きく、技術革新には多額の資本と時間がかかるというデメリットがついてまわる。
Armとインテル。以上のように、両社のビジネスモデルは全く異なるものなのである。これから先の時代変化を見通しやすくするためにも、やはりこの違いはきちんと理解しておく必要があるだろう。
半導体設計プロセスの概要——Armはどの分野を担当している?
さて、大まかなビジネスモデルの違いを理解できたところで、次は半導体の設計プロセスについて解説していく。
なぜここまで掘り下げる必要があるのかというと、半導体の設計プロセスは非常に複雑で多段階にわたるからだ。つまり、企業によってビジネスフィールド(担当範囲)が異なるから、より繊細な投資判断のために知っておいて損はない項目であろう。
Armの半導体(「ARMアーキテクチャ」)が広く使われているのは、主にスマートフォンやタブレットなどのエッジデバイスである。なぜなら、ARMアーキテクチャの”低消費電力かつ高性能”という強みを存分に活かせるからだ(前回記事参照)。
以下に、半導体の設計プロセスについての主要なステップとその概要を示す。その中でArmがどの部分を担当しているかも併記するので、より「ARMアーキテクチャ」とは何かが分かり易くなるはずだ。
- ステップ1:要件の定義
- 半導体の仕様や機能要件を定義する。どのような機能を持つか、どのような性能が求められるかを決定する。
- ステップ2:アーキテクチャ設計
- プロセッサの基本構造や動作原理を設計する。ここでは、データパス・制御単位・キャッシュ構成・メモリ管理など、システム全体の枠組みが決定される。
- Armの担当部分→ プロセッサのアーキテクチャ設計。これは、命令セットアーキテクチャ(ISA)・レジスタ構成・メモリ管理ユニット(MMU)・キャッシュ構成など、プロセッサの基本的な構造と動作を決定するもの。
- ステップ3:マイクロアーキテクチャ設計
- アーキテクチャ設計を基に、具体的なシリコンチップの実装方法を設計する。
- Armの担当部分→Armのライセンスを受けた企業が、ARMアーキテクチャに基づいて独自のマイクロアーキテクチャ設計を行う場合もある。
- ステップ4:論理設計
- アーキテクチャの設計を基に、論理回路を設計する。
- ステップ5:合成
- 論理設計を基にして、ゲートレベルの回路図(設計に書き込む最終的なデータ)に変換する。
- ステップ6:物理設計
- 合成された回路を基に、チップのレイアウト設計を行なう。具体的には、トランジスタの配置や配線のレイアウトが行われ、物理的なチップ設計が完了となる。
- レイアウトはDRC(Design Rule Check)やLVS(Layout Versus Schematic)などの検証を経て確認される。
次に、Armの主な担当範囲である、「命令セットアーキテクチャ(ISA)」を含む設計プロセスの詳細を以下にご紹介する。カタカナ用語が多く、複雑に見えてしまうが、もちろん全ての用語を覚える必要はない。
- 命令セットアーキテクチャ(ISA):
- ISAには、プロセッサが理解し、実行できる命令のセットが定義されている。これは、プロセッサの基本的な操作や機能を決定する重要な部分だ。
- リファレンスアーキテクチャ:
- これには、レジスタ構成・基本的なメモリ管理ユニット(MMU)・キャッシュの基本構成などが含まれ、ライセンスを受けた企業がどのようにプロセッサを実装すべきかのガイドラインとなる。
- マイクロアーキテクチャ「Cortexシリーズ」:
- Armはマイクロアーキテクチャとして「Cortexシリーズ」などを提供している。ライセンスを受けた企業は、これを基に自社のプロセッサを設計することが可能。
まとめると、ARMの担当範囲は主に、命令セットアーキテクチャ(ISA)とリファレンスアーキテクチャの設計、そして一部の具体的なマイクロアーキテクチャ(「Cortexシリーズ」など)を提供することとなる。つまり、他の半導体メーカーの担当範囲としては、ArmのISAやリファレンスアーキテクチャを基にカスタマイズや独自のマイクロアーキテクチャ設計を行い、論理設計・物理設計・製造などのプロセスを担当することだ。
この違いがご理解いただけただろうか。
まとめ
Armのビジネスモデルはライセンスを提供することであり、ビジネスフィールドはISAを中心にプロセッサの基本的な構造と動作を決定する部分を担当する(その後これに基づいて他の半導体メーカーが具体的な設計と製造を行う)ことである。
今回、「半導体」といとも簡単に一括りで呼ばれるものの、どこに付加価値の源泉があるのかというイメージがなんとなく垣間見えたならば充分だと思っている。
ただ(残念なことに)、ここまでディープに掘り下げて見ている人は、ファンドマネージャーやアナリストという職責の人でもそんなには多くないのも事実だ。
でも私は、一度でも概括しておけば必ず役に立つ時が来ると信じている。さらに、市場のノイズを見極めて投資チャンスを見つけることができるはずだ。お付き合いいただいた通り、ひとつの半導体が世に送り出されるまでの設計から最終的な製品化製造までには、多くのポイントがあることをご理解いただけたら幸いだ。
編集部後記
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