アプライドマテリアルズによるKOKUSAI ELECTRICS社買収
本レポートは2019年7月6日に「プレミアム会員様限定」として掲載した記事を全ての読者の方向けに再編集して再掲載したものです。
まずは最初にPart-1
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AMATが売上第9位の日本の半導体装置メーカーを買うことの背景は?
アプライド・マテリアルズ社(以下AMAT)は2013年9月に東京エレクトロンとの合併を発表しながらも、翌年4月に独禁法に抵触するとして経営統合を断念した過去がある。当時の東京エレクトロンの東社長は「製品構成が重ならないので、(独占禁止法の)対象にはならないと考えていた。しかし、開発中の製品についても対象になるという米司法当局の考え方と折り合いがつかなかった」と苦渋の表情で会見に臨んだが、それはアプライド・マテリアルズ社のゲイリー・ディッカーソンCEOとて同じ気持ちだった。
実現すれば半導体製造装置業界の巨人が出来上がる筈だったが、その願いは露と消えた。両社が経営統合を企図した最大の理由は、増加し続ける半導体製造装置の開発費の抑制だ。専門用語の羅列にならざるを得ないのだが、半導体の製造現場はかなり以前から物理の法則の限界に突き当たるような状況の中で、技術進化を遂げ、発展し、人々に利便性や新しい喜びを与えてきた。微細化と大口径化が大きなテーマではあるのだが、大口径化(450ミリウェハ)については、300ミリウェア移行時の装置業界の負担が非常に高かった事から、完全に二の足を踏む状態となって止まっている。しかし、微細化への要求は止まっておらず、これが大きな負担となっている。
また微細化と並んで高い加工技術が要求されているのが3Dメモリと呼ばれる立体構造化である。集積度を高めるために微細化を進めてきたが、その開発速度が落ちるのに合わせて、回路を立体構造化する技術が広まり始めた。要は平面上での世界に限界が出始めたので、縦方向に積み上げ始めたと思って頂ければ良いと思う。
従前「インテルCPU供給の遅れに潜む問題と今後の影響」3部作の中で、如何にインテルがその微細化に苦労しているかをお伝えしたつもりだが、その大きな鍵を握るのが露光装置である。
ITバブルの頃に言われていた微細化のレベルは「女性の髪の毛の1本(日本女性の平均は0.08ミリらしい)に600本の線(130㎚)を描くようなものです」程度(それでも凄い)の話だったが、現在の最先端は600本からぐっと増えて「1万1千本以上」という世界になってきている。これを実現するのが、子供の頃「感光紙」と「型紙」と「太陽」を使って、理科の実験で学んだ日光写真と同じ原理のパターン焼付けと現像処理と言えるのだが、この細さまで来ると、露光するのに通常の光の波長(赤が一番長くて、紫が一番短い)では長くて全然役に立たない。因みに数値で表すと、現在は7㎚が最先端レベルの線の細さとなっている。
当然とっくの昔に普通の光源は使えなくなり、その後は光をプリズムを使って捻ってみたり、特殊なガスの中を通してみたり、或いは液体の中を通したりと色々な工夫が重ねられてきた。現在ではEUV(Extreme Ultra-Violet : 極端紫外線)露光技術というのが最先端では使われており、これを使った露光装置が1台約1億ユーロなどと言われている。
当然そのレベルに微細化された回路を作り込むには、それ以外の半導体製造プロセスにも想像を絶する超精密な水準が要求される。
一番単純な例でイメージを掴んで頂こう。現在最先端のメモリは直径が300ミリのウェハで量産されている。300ミリのウェハの大きさは、だいたい昔のLPレコードを想像して貰うと丁度いいサイズかも知れない。その両端を持って、そっとレコード・プレイヤーの上に載せる時を想像して貰うと、どうしてもレコード盤が僅かにたわんでしまうことがお分かりいただけると思う。しかし、極度に微細化の進んだ半導体製造の過程においては、300ミリのウェハがそのように僅かでもたわむことは許されない。埃も一切許されない。
しかし、それでも「感光材塗布⇒露光⇒現像」という基本作業だけでも、次から次へと装置の中を移動させて処理を続けなければならない。日光写真とは違うので、より沢山のプロセスがあるのだが、これを立体構造で作り込むには、更に何度も複雑な処理を繰り返さないとならない。
そう、ここに半導体製造装置のウェハプロセスと呼ばれる前工程の装置メーカーの寡占化が進まざるを得ない理由がひとつある。つまり、同じメーカーが一気通貫でプロセスを回した方が、全ての加工処理をスムーズに進ませるための開発などでも都合が良いからだ。A社の装置で感光材を塗って、B社の装置で露光して、C社の装置で現像して、D社の装置で洗浄して、また新たにA社の装置で感光材を塗ってというラインでは、そもそも無理があるが、更にもし万が一トラブルが発生した時、原因を切り分けて解明するのも大変だ。だからこそ寡占化が進むことになる。
固定客をもち、更に成膜プロセスが得意なKOKUSAI ELECTRIC社に総合メーカーのAMATが目を付けた理由のひとつはここにあると思われる。
話は少し戻って、だからこそAMATも東京エレクトロンも、製品構成が重ならずに補完し合える関係だったからこそ、経営統合したかったのだ。しかし独禁法を持ち出されて反対された。正直何故独禁法なのかとは思ったが、当時半信半疑で考えていたもうひとつの経営統合を認めなかった本当の理由が、今ならはっきりと分かる気がする。それが安全保障に関わる技術流出問題だ。ファーウェイ問題がそれに気づかせてくれた。
実はKOKUSAI ELECTRIC社は、中国の半導体製造装置メーカーへの被買収も検討俎上に載っていたと言えば、皆さんもピンとくるだろう。このタイミングで、世界最大手の半導体製造装置メーカーである米国企業のAMATが買収を決めたのは、中国への先端技術流出を防ぐ目的があったのではないかと思う。本来ならば、日本のSCREENセミコンダクターソリューションズの方が日本企業同士ということで理に適うと思うが、同社にとってはこの時期(半導体メーカーの設備投資が鈍っている時)に2500億円の投資は大き過ぎると決められなかった。そこで最大手が手を挙げたということでは無いかと考える。
AMATってどんな会社
アプライドマテリアルズ社(AMAT)は、私自身、1996年から直接サンタクララにある本社やテストファブに数え切れないほど足を運んで取材してきた会社だ。そして前述の通り、同社は基本的に半導体製造プロセスの前工程については、露光装置を除いて殆どすべてを自社製品で完結したラインで提供している。東京エレクトロンとの経営統合が出来ず、独自に不足するコマは埋めてきた世界最大手である。ならばなぜ、既にAMATの製品群に含まれている成膜プロセスの装置を作る日本企業が欲しかったのか?という疑問が湧いてくる。
そして、その答えは両社のプレスリリースにあった。
AMATが今回発表したプレスリリースを確認すると「Kokusai Electric is a leading company in providing high-productivity batch processing systems and services for memory, foundry and logic customers.」とKOKUSAI ELECTRIC社を説明している。
気になったのは太文字下線付きで示した部分。つまり同社は高い生産性のバッチ・プロセス・システムを提供する会社だという。
一方で、KOKUSAI ELECTRIC社の本件に関するプレスリリースを紐解くと「成膜技術をコアとする半導体製造装置の専門メーカー」と自社の特徴を紹介している。明らかに両社のKOKUSAI ELECTRIC社に対する認識は異なっている。これから読み取れるのは、AMATは既にある成膜プロセスの装置のメーカーとして同社を買収したかったのではなく、生産性が高いバッチ・プロセス・システムの技術が欲しかったということだ。
それと装置メーカーの寡占化が進む中で、同社が抱える顧客ポートフォリオが魅力的に映ったのだろう。ただ実際のところは、前述した技術流出のような話が、ワシントンとのロビー活動などの中で取沙汰されたのではないかと思われる。実際、G20の前、ワシントンでは米中貿易問題に関する公聴会が開催されていたし、半導体業界はSEMIという業界団体を伴ってかなり積極的なロビー活動をワシントンで展開していた。
実際、日経新聞などでは今回の合併をそこそこのサイズの記事で扱っているが、米国メディアでは殆ど取り上げられていない。WSJ系列のBarron’sという投資誌にAMATのCEOの電話会議でのコメントとして「国際的なサービスシステムの基盤となる10,000を超えるシステムのインストールベースがあり、これらの生産性の高いシステムは、DRAMおよびNAND(メモリチップ)製造において特に有効です。」と取り上げられている程度である。
今の時代、最先端の半導体製造装置と装置メーカーによるきめ細かなサポートが無ければ、最先端の半導体を作ることは出来ない。半導体製造装置はそれほど重要な位置づけのものとなっている。そしてAMATは世界最大の総合半導体製造装置メーカーである。KOKUSAI ELECTRIC社が中国に買収されそうになった時、これをバーター条件に何か約束事がワシントンとの間であったとしても、何ら不思議ではない。これが実態ではないだろうかと思う。
AMATの将来性は?
結論は、人々が5Gや自動車のCASE、或いはAIなどを諦めない限り、半導体そのものの需要は増大する一途だと考えている。それはゼタバイト時代がより加速するというデータ量の爆発的な増加からも予測出来る。その時、半導体に求められるのは、より微細化して、高集積で高性能、更には低消費電力という半導体の未来だ。
それを叶えられるのは、半導体メーカーと半導体製造装置メーカーの協力による不断の新技術開発に尽きる。それには半導体装置メーカーに今以上に強い体力が要求され、より寡占化が進むことになるであろう。その時、間違いなく先頭を走っている一社はAMATであると考える。
関連する投資機会は?
今回のAMATのKOKUSAI ELECTRIC社買収からインスパイアされる投資機会のひとつは、今後中国に狙われそうな半導体製造装置メーカーがあるかも知れないということで、買収先を探すこと。顧客ポートフォリオがなくても、技術力と人材が揃っていれば、買収先として狙われる可能性は充分にあるだろう。
ただ残念ながらそれらをピンポイントで見つけることは、インサイダー情報でもない限り難しいというのが正直なところだ。時々、そうした情報が出回ることもあるらしいが、私は聞いたことが無いし、出回ると嘯くこと自体、胡散臭いと思っているタイプである。何故なら、M&Aで狙っている/狙われているという情報は、もしそれが確かなものなら確実にインサイダー情報であり、人に話すことも出来ないし、それを元に投資行動を起こすことも出来ない。そしてもしそれがガセネタならば、もっと酷い結果しか待っていない。
ただ理由はどうであれ、AMATがこの時期、つまり半導体メーカーの設備投資は踊り場を迎えていると市場が悲観的な見通しを語っている時に、2500億円もの投資を買収に使ったということは、大きなインプリケーションがあるように思う。つまりそれは、常日頃AMATのCEOがプレゼンテーションで語っている半導体業界の未来への確信の表れだと思われる。
つまり私がいつもお伝えしている右肩上がりのビジネス・トレンドがそこに確りと存在するという事である。ならば市場に何らかの理由で再び悲観論が広がるような時が、絶好の投資タイミングということになろう。それは何もAMATに限った話では無く、このビジネス・トレンドに関わる多くの企業がそうだということだ。
一方で、日本が韓国向けの輸出基準を元に戻して個別申請方式としたことから、一時的には韓国系の半導体メーカーの設備投資はスローダウンするかも知れない。ただ一度スローダウンをしてしまい、トップランナーの座を滑り落ちると、技術的優位性が保てなくなり、強いてはかつて日本の大手半導体メーカーが辿った道と同じ道をたどる可能性が出てきてしまう。それは今の韓国経済におけるサムソン電子の位置づけから言っても考え難いことだ。案外悲観論のひとつ(半導体業界に強い逆風など)は早くに語られ始めるかも知れない。
また貿易摩擦の観点から投資アイデアを考える方のもひとつのアイデアだと思われる。もしサムソン電子やSKハイニックス、或いはLG電子がスローダウンするのなら、その時に漁夫の利を得るのは誰かという事だ。どちらもメモリ半導体の大手であり、メモリ半導体のメーカーは淘汰が進んでそう多くない。