FG Free Report 投資家の心得:マクロ統計だけを当てにしない(8月19日号抜粋)

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みなさんが投資判断を下す際、参考にしている指標は何ですか。新NISAで誰もが気軽に投資活動ができるようになった現在、CPI・PPI・アナリストによる経済分析など、いわゆる「マクロ統計」に着目している方は多いかもしれません。

しかし、実はこのような「マクロ統計」ばかりに囚われていてはいけないというのが、プロのファンドマネージャーの考えです。では、私たちはどのような視点で投資判断を下すべきなのでしょうか。

投資での資産形成をお考えの方も、既に投資を始められている方も、ご自身の知識と照らし合わせながらご覧ください。

(Fund Garage編集部) 

重要なのは「マクロ統計」ではなく、「決算結果」

米国景気の真実は、ウォルマート(WMT)の決算が教えてくれた

このところ、米国景気に関するマクロ統計が常に強弱まだら模様の内容であったため、アメリカの足元景気の認識については混乱が生じていたが、決着をつけてくれたのは企業決算だった。

そのうち特に印象的だったものの一つが、世界最大の小売スーパーであるウォルマート(WMT)の決算だ。ウォルマートは、傘下にSam’s Clubという会員制ホールセール(コストコと同業態)の店を持ち、またeコマース部門もある。

簡単な決算結果としては、第2四半期の実績と第3四半期のガイダンス共に市場予想を上回り、25年度の見通しも引き上げとなった。8月2日に発表された雇用統計以降、燻り続けていた米国景気の現状に対する悲観論を見事に吹き飛ばしてくれたと言えよう。

というのも、ウォルマートのジョン・レイニー最高財務責任者(CFO)は、世界最大の経済大国である米国の経済全般について、

「このような環境では、見通しについては少し慎重になるのが責任ある、または賢明な判断ですが、景気後退は予測していません」

と言い切ったのだ。

さらに、決算説明電話会議の中で、現在の市場センチメントの源を的確に表すようなやり取りがあった。それはTD Cowen(米国の投資銀行)のアナリストであるオリバー・チェン氏が質問した内容と、それに対するレイニーCFOの回答にある。

アナリストのチェン氏は、

「あなた(レイニーCFO)は発言の中で、消費者の弱体化は感じていないと仰っていましたが、消費者の見通しに関してガイダンスではどのようなことを想定していますか?それに関連して、一般商品についてですが、私たちが目にしている傾向を考えると、横ばいの業績は印象的でしたね。この分野ではどのようなことが起きるとお考えですか?また、この勢いは続くでしょうか?ガイダンスでは横ばいが続くと想定していますか?」

と質問を投げかけた。要は、前述の「景気後退は予測していない」というレイニー氏の見通しに嚙みついた感じだ。横這いが続くと予測しているか、といったある意味では自己見解に則した答えを引き出そうとしている。簡単に言えば、リサーチサイドが悲観的弱気論に傾いているのだ。

ただ、そこはやはりウォルマート・クラスの最高財務責任者(CFO)ともなると、ウォール街のいちアナリストの個人的な見解など歯牙にもかけない回答をした。

「消費者の見通しについて、第2四半期の特徴や背景を説明したいと思います。第2四半期の各月は比較的安定していました。各月の純粋な比較で見ると、7月は実際にはわずかに上昇していますが、これは主に最終月または最終週の曜日がどこにあったかによるものだと考えています。したがって、下降は見られず、今年後半の見通しはこれまで見てきた状況の継続となるでしょう。また8月の最初の2週間でも、状況は驚くほど安定しています。ですから、皆さんは会員や顧客のさらなる弱さを示すような情報を求めていると思いますが、私たちはそれを目にしていません。しかし、前回の回答で述べたように、見通しは慎重で良い位置にいると感じています」

私は躊躇なく、アナリストの見解よりも、このウォルマートのレイニーCFOの見解を素直に受け止める。その理由のひとつは、レイニーCFOの回答が、私自身の目で見てきた米国景気の印象と一致する答えだったということ。そしてもうひとつは、ウォルマートという会社の属性を考慮すれば、レイニーCFOの発言が信頼できるものであると考えられることだ。

ウォルマートは、「ショッパーズ・マーケティング」というデータドリブンな分析を最大限有効活用している世界屈指のリテーラーだ。つまり、その最高財務責任者の元には、常に最新の業況判断データが届いているはずである。そのレイニーCFOが「状況は驚くほど安定しています」と言うのなら、そこに素人が差し挟むべき疑いの余地は無いだろう。

筆者撮影。ユタ州のWalmart。

マクロ統計はバックミラー、CEOはフロントガラスを見ている

いつの頃からだろう、株式市場が今ほどやたらとマクロ統計を気にするようになったのは。本来、株価は景気の先行指標であり、マクロ統計は遅行指標のはずだった。もちろん、今でも経済学上はそのはずだが、近時の株式市場では必要以上にマクロ統計を気にする傾向が強い。

恐らく、パッシブ運用(すなわち日本で人気の「オルカン」や「S&P500のETF」など)が主流になってきてしまったため、ミクロのボトムアップよりも、マクロデータからのトップダウン・アプローチの方が容易になってしまったからだろう。

さらに不思議なのは、日本株に投資をする人たちまでも「今晩はアメリカの雇用統計が発表になるから」などと、日本の失業率よりも、他所の国の失業率を気にしている。かつては為替の担当者だけが月初金曜日の夜、アメリカの雇用統計聞きたさに、その発表があるまでディーリングルームに居残りするなか、日本株チームなどはとっとと退社したものだ。

いずれにしても、マクロ経済統計を見て判断できることは、クルマの運転に喩えるならば「バックミラーに映る景色」であって、決して「フロントガラスの向こうに拡がる景色」ではないことを投資家のみなさまにはご理解いただきたい。

下記に、今の市場関係者が頻繁に口にするマクロ経済統計・そのデータ収集期間・発表日をリストアップしてみた。ご覧の通り、毎月発表になっているそれらのデータは、集計から発表までの間に2週間〜3週間は空く。すなわち、古いデータ(=バックミラーに映る景色)だということだ。

一方、企業側はどうか。

それなりにIT化が進んだ現代の企業ならば、まず朝一番に、経営陣は前日までの売上などのデータを即座に確認できるだろう。レジ係がバーコードリーダーを使って記録した、「何時何分/どこのお店で/どの商品が/どんなお客様に販売されたか」というリアルタイムのデータだ。

そうした、時差のない自社の状況を把握しながら舵を取るのが経営者であり、その結果が企業収益として反映されるのだ。決して、先月1カ月のデータを2週間も3週間も経ってから振り返って確認したりするような手法で、先々の予想を立てたりはしない。もはや過去データは何の意味も持たないのだ。

では、なぜマクロ経済統計の発表を気にする金融市場があるかと言えば、本来は「中央銀行の金融政策の変更」を推し量るために他ならない。中央銀行の金融政策の動向に影響を受けるのは、先ずは金利市場、そして為替市場ということになる。ならば株式市場はと言えば、本来的には中央銀行の金融政策が与える企業の資金調達や輸出入に関わる為替影響など、企業収益に対しては二次的な影響になる場合が多い。

まとめ

昔から常々思うのだが、“現地現場を見ていない”リサーチほど、百害あって一利ないものはない

仮にニューヨークへ行ったとしても、ニューヨークはアメリカにしてアメリカではない特殊な街だ。確かにWall Streetと呼ばれる元金融街(すでに大手投資銀行はここにはなく、NY証券取引所が残るだけだ)はあるが、どちらかと言えば、マンハッタンは観光地として栄えている街だ。大手企業の本社もほとんど存在しない。

だから、Wall Streetのエコノミストやアナリストによる全米事情についての分析結果で、予想がよく外れるのも、きっと世界一の観光地にドップリ浸かったままで全米を見ている気になっていることが由来していると私は思っている。

これはもちろん日本のメディアも同じことで、例えば先日の株価急落について、「米国景気の減速が懸念される」とこぞって異口同音に報道・コメントしたのには、正直「ダメだなぁ」と痛感させられた。

アナリスト達が気にしているマクロ統計はあくまで過去の結果であって、将来を見据えているのは企業の決算でありCEOのコメントである。そして投資家が最も着目すべきは後者である、ということがこのレポートをお読みになっているみなさまに届いていたら幸いだ。

編集部後記

こちらは、Fund Garageプレミアム会員専用の「プレミアム・レポート」の再編集版記事です。
公開から半年以上経った記事になりますので、現在の情勢とは異なる部分がございます当時の市場の空気と、普遍的な知見の皆様にお届けできれば幸いです。
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ファンドガレージ 大島和隆

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