2023年8月当時、欧米では一連の利上げの流れがありました。一部のメディアでは、この利上げの流れは協調・連携したものだとの誤解を招くような報道が見られますが、各国でインフレ要因は異なるため金融政策も別々に行っています。今回は、それぞれのインフレ要因の違いをプロのファンドマネージャーが詳説します。
投資での資産形成をお考えの方も、既に投資を始められている方も、ご自身の知識と照らし合わせながらご覧ください。
(Fund Garage編集部)
米国・欧州・日本のインフレ要因は異なる
2023年7月27日、欧州中央銀行(ECB)はフランクフルトで開催した政策理事会後、3つの主要金利を引き上げると発表した。
利上げ決定は9会合連続で、上げ幅は5・6月と同じ0.25ポイントであった。
- 政策金利(主要リファイナンス・オペ金利):4.00%⇒4.25%
- 限界貸付ファシリティー金利(オーバーナイト貸し出し、翌日返済):4.25%⇒4.50%
- 預金ファシリティー金利:3.50%⇒3.75%
となり、8月2日以降に適用された。
加えて8月3日には、イングランド銀行(BOE)も政策金利を5.00%から0.25%引き上げ、15年ぶりの高水準となる5.25%とした上で、金利は当面高止まりするとの見方を示した。
興味深いことに、ECBのラガルド総裁は理事会後の記者会見で、次回9月会合以降の利上げペースは「データ次第だ」と強調し、「利上げするかもしれないし据え置くかもしれない」と明言を避け、利上げを見送る可能性にも言及した。
これに対しBOEは、利上げ終了については全く示唆しなかった。実際に、BOEのベイリー総裁は会見で、「利上げ終了を宣言する時期ではない」と表明している。
どのみち、日銀の現状のスタンスに比べると、欧米の中央銀行が引続き「利上げ」にバイアスを残しているのは事実だ。
だからこそ、FRBの動きに注目する市場は、この週末に開催される予定のジャクソンホール会議でのパウエル議長の発言に注目している。
ここで注意しないとならないのは、FRB・ECB・BOE・日銀はそれぞれ、全く別々に金融政策を決定しているという点だ。マスコミ報道の仕方や、ミスリーディングな市場コメンテーターの発言を聞いていると、時にそれが連携しているかのように伝わる時があるが、それらに惑わされてはいけない。
確かに、FRBが今回の利上げサイクルに入ってから、過去何度かBOEやECBの利上げを確認して米国の株式市場が動揺したことはあるが、為替が極端な変動でもしていない限り異なる国の中央銀行が「協調行動」を取ることはまずないと言って良い。
なぜなら、そもそも今回の一連の利上げトレンドは、それぞれ同じようでもあるが、別々の要因によるインフレによるからだ。先に述べたように、金融政策が違えばインフレの構造も異なるということだ。
米国は「ディマンドプル型」、日本は「コスト・プッシュ型」、そして欧州や英国はその両方の特徴を持つ。次項から、それぞれの要因を整理して見ていこう。
インフレ要因①賃金の上昇
日本を除く欧米諸国の中央銀行が、最も注目しているインフレ要因の項目のひとつは、「賃金の上昇」だ。
欧米諸国は、終身雇用を前提とした雇用体系や雇用慣習ではないことから、コロナ禍での外出禁止令などステイアットホームが続いた時、サービス業を中心にレイオフや解雇の嵐が吹き荒れた。
とりわけ、リモートワークなどの手段に適さない職業については、この流れが強かったと言える。
そして、ポストコロナで一気に再雇用の需要が起きた時、今度はサービス業やエッセンシャル・ワーカーの確保が賃上げの大きな要因となり、これがインフレへと繋がった。
だからこそ、今でも雇用統計が注目され続けている。
ポストコロナになってひと頃話題になったのが、ドイツの空港労働者の不足だ。
空港でのチェックインから出入国手続き、バゲージクレームなどが極端な人手不足になっていたため、所謂「空の便」が全て大混乱に陥った。
程度の差こそあれ、この現象は欧米諸国のサービス業の多くで見られた。
客室乗務員や地上職員を関連会社や取引先に出向させてまでも雇用を守った日本とは、発想が根本的に違うことを理解しておかないと、欧米の最大のインフレ要因の背景が分からないかもしれない。
インフレ要因②燃料価格の上昇
エネルギー価格の上昇は、欧州や日本のインフレの大きな要因となっている。
パンデミックの当初は、経済活動が停滞したことで原油価格や天然ガス価格は低下すると思われていた。
しかし実際には、欧州での異常気象が天然ガス価格の高騰をもたらした。
風力発電に使われる「欧州の風」がエルニーニョ現象と偏西風の蛇行により止まり、電力不足が発生、急遽天然ガスによる火力発電のニーズが沸き起こったからだ。これが、最初の天然ガス価格の急騰原因となった。
また更に悪いことに、その数か月後「ロシアのウクライナ侵攻」が始まり、ガスプロムの天然ガス・パイプラインが閉鎖されたのだ(後に爆破事件も起きた)。
あまり日本では知られていないことだが、欧州の電力事情は実際にはそもそもそう完璧な状態ではない。例えばドイツの発電所事情も、メルケル政権後、一気に原子力発電を放棄する流れが起き、ひとつの混乱をもたらしている。
ただ、欧州は国々が陸続きであることが幸いし、原子力発電に大きく依存しているフランスが欧州圏内に電力を融通することで何とかしのいでいる。
しかし、当然これにはコストが掛かる。送電ロスひとつ考えても、それは相当なものだと言える。
特に、日本は「コスト・プッシュ型」のインフレであるため、このエネルギー価格の上昇が、インフレの直接的な要因となっている。
一方の米国は、「シェール革命※」により、天然ガスも原油も、今や輸出国となっている。
今の原油価格であれば、充分に元が取れる状況になっており、欧州や日本とは違う状況だと言える。
※…「シェール革命」とは、技術発展により「シェール層」と呼ばれる地下深くの地層から天然ガスや石油が採れるようになったことで、エネルギーの需給構造が変わったこと。
インフレ要因③穀物価格の上昇
穀物価格の上昇も、それらを輸入に頼る国々のインフレの原因となっている。
黒海がロシアにより封鎖されたことで、欧州の穀物倉庫であるウクライナ産の穀物が一気に品不足になった。
穀物不足は畜産業にも影響するため、欧州、そしてアフリカなどが食糧不足から価格高騰に見舞われている。
米国はというと、異常気象がない限りその影響は殆ど受けない。何故なら、米国は農産物輸出国だからだ。
しかし、日本は前述のとおり「コスト・プッシュ型」インフレであるので、輸入物価の上昇も当然インフレを引き起こす。
インフレ要因④移民・難民問題
デリケートな話題でもあり、あまり伝わってこない面もあるが、英国がEUから脱退した(=BREXIT)大きな理由のひとつが「移民・難民問題」である。
BREXITの当時、英国で話題になったのは「大陸からの移民」だ。トンネルが繋がり、パスポートなしで自由に往来できるようになって以降、当然のことながら英国にも相当数の移民・難民が移住した。
その結果、英国民の雇用を奪うという問題が発生した。かつてドイツがトルコからの移民で問題を抱えたのと同じ構図だ。
そして、「BREXIT」「移民・難民問題」は一旦解決するかと思われたが、現在の英国ではこれが予想外の弊害を招いている。とりわけ、ポスト・コロナ以降それは著しい。
求人しても、既にEU圏に戻ってしまった労働者をドーバー海峡を挟んで簡単に再確保できないからだ。現在、恐らく英国が賃金上昇による「コスト・プッシュ」に最も悩んでいるはずだ。
まとめ
今回は、以下の内容を中心に、欧米と日本のインフレ要因の違いについて解説した。
- 2023年7月にECBが、8月にBOEが利上げを発表した。
- 欧米でのこの一連の利上げトレンドは、一見すると同じようだが、それぞれインフレ要因が異なるため金融政策も異なるということは忘れてはならない。
- 「(ポストコロナの)賃金の上昇」は、終身雇用制をとらない米国や欧州のインフレの大きな要因となっている。
- 「燃料・穀物価格の上昇」は、輸入に頼る欧州や日本のインフレの主な原因である。
- 「移民・難民問題」は、BREXIT後の英国における賃金上昇を引き起こし、「コスト・プッシュ型」インフレに大きな影響を与えている。
この他にも、例を挙げたら枚挙に暇がないが、いずれにせよFRB・ECB・BOE・日銀の金融政策は独立していることは言うまでもない。
また、各国の国債発行残高とその保有者の状況でも金融政策は異なる背景を抱える。
雇用環境・エネルギー自給環境・食糧自給環境・地政学リスクの国ごとの違いを考慮しない安易な見立てには気をつけるべきだ。
編集部後記
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