ヘッジファンドの終焉が示す明日の投資スタイル

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高額報酬のヘッジファンドの終焉

もう(随分前から)ヘッジファンドは儲かっていない

今日のBloombergニュースに「ヘッジファンドの20年上期リターンはマイナス7.9%-08年以来最悪」と題する記事が掲載されていた。まず、この記事を読んで、私は「プレミアムレポート 6月15日号」に掲載した(下記の)私の見解は間違い無かったのだろうと確信した。もう忘れられた人も多いかも知れないが、6月11日の株式市場は突然大きく急落した。いろいろな後講釈の理由付けがメディアやコメンテーターの口から発せられていたが、私にはどれひとつピンとくるものは無かった。そしてその週末、6月11日の株式市場の急落は「誰かに仕組まれたものかも知れない」というコメント「プレミアムレポート 6月15日号」に纏めた。そして寧ろこういう下げは、今後市場の上昇が長続きするためには必要な「ヘルシーな下げ」になると評価した。市場がその後再びNASDAQが先行する形で史上最高値を更新したことはご承知の通り。

まずは下記に「プレミアムレポート 6月15日号」に掲載した関係する部分をそのまま転載する。該当箇所は1.2題して「6月11日の急落は仕組まれたものかも知れない」という章だ。

6月11日の急落はヘッジファンドの悪足掻き

(「プレミアムレポート 6月15日号」からの引用部分)

先週11日木曜日、まずは日経平均株価が23,124.95円から22,472.95円まで△652.04円(△2.82%)の下落を演じた。その晩、現地時間同じく11日の米国市場もNYダウが△1,861.82ドル(△6.90%)の急落を演じた。因みに、この日のTOPIXの下落率は△2.20%と日経平均株価の下落率よりも小さい。同じように、S&P500種は△5.89%、NASDAQ総合指数は△5.27%に留まる。NYダウとNASDAQ総合指数の下落率の差異は1.63%にもなる。言い換えると、TOPIXやS&P500種が示すような市場全体の下落率よりも、日経平均株価やNYダウのようなポピュラーで操作し易い株価指数が「より下落したイメージ」を演出しているということだ。

NASDAQ総合指数の10,000pts超えのような指数のお祭りはお祭りとして、どう考えても株式市場は楽観論に傾き過ぎて「早過ぎる」とお伝えしてきた通りなので、個人的にはこの下落は歓迎したい。昔流の表現になるが「パンツのゴム紐が伸び切ってしまう前に、一旦は縮む必要がある」のと同じで、私は「ヘルシーな下げ」と評価した。

ただこの下げのきっかけが「米国での新型コロナウイルス感染者数が200万人を超えると伝わったこと」と報じられた時、正直「そんなバカな」と呆れた。前日の集計時に「最新6月11日朝のデータに更新しました。間も無く米国の感染者累計が200万人を超えます。」とFacebookにコメントしておいたからだ。前日に1,994,834人まで膨らんでいて、あと5,166人で200万人を超えるのが分かっており、米国は少ない日でも新規感染者数が10,000人は恒常的に増えているからだ。だからそれが理由とは思えない。またFRBの姿勢が当分は継続されることがFOMCで発表されたことを捉えて、「景気はそんなに良くならないんだ」と急に思いつくという筋書きにも合点が行かない。

だとすると、恐らく一般に「ヘッジファンド」と呼ばれるオルタナティブ運用のどこかが、何らかの手法で市場に燻る高値警戒感を逆手に取って仕掛けたと見るのが正しいのではないだろうか?

そう考えている時、タイミングよく「日経225 特別清算指数(SQ) 06月限 22071.46円」という連絡が来た。実に水曜日の引け値23,124.95円よりも1,000円以上も安い水準だ。これは何かきな臭いなと思った。事実、このところ(実は数年)オルタナティブ運用のパフォーマンスは世界的に良くない。高い報酬を取る割には全然稼げていないファンドが殆どで、コロナショックの影響で、より傷口が広がったとも聞く。閉鎖するヘッジファンドも増えているともいう。その中のどれかが、或いは数社が結託して仕掛けてきたというシナリオは充分に描けるものだ。裏を取る方法は無いが、こう考えるのが最も受け入れ易いのは私だけでは無いと思う。(以上、「プレミアムレポート 6月15日号」からの引用了)

復習を兼ねて、ヘッジファンドとは何ものか?

まずヘッジファンドとは何かをおさらいしよう。その為には、ヘッジファンドが時代の流れの中でどう変遷してきたかを知るのがひとつのいい方法だと思う。人によってヘッジファンドのというものの認識がだいぶ違うように思うからだ。

最近ではヘッジファンドと呼ぶよりも「オルタナティブ運用」と呼ぶ人の方が多いかも知れないが、正確に言えば「オルタナティブ運用」のひとつのカテゴリーがヘッジファンドだ。ではなぜヘッジファンドと呼ぶのか?普通「ヘッジ」と言うのは危機回避をする為の手法であり、そうしたヘッジを取り入れた運用が市場の攪乱要因になるのはおかしいじゃないか、という意見もあるだろうと思う。正にその通りだ。元々のヘッジファンドというのは、極端に誇張して言えば投資工学を駆使してリスクをヘッジし「ほぼ絶対リターンがプラスになるような運用、それも2ケタ%の高い方のリターンを出せる」運用として登場した。

当初の頃の運用手法で最もシンプルなものは「裁定取引」を利用したものだ。平たく言えば、高いものを売って、安いものを買い、その割高割安感が薄れたところで反対売買をするようなものだ。例えば、先物というのは、対象となる現物資産があって、そのある一定期間後(満期日)の値段を予想して売買されるものだ。例えば今一本100円の大根があったとして、1か月後にはそれが幾らになっているかを予想して取引される。ある人は食糧危機になって値段が上がり、1か月後には130円以上になっている筈だと信じ、130円以下ならば先物を沢山買っておこうと考えたりする。先物の満期日には130円で買った大根の現物が手に入るので、その時に予想通り140円になっていたとしたら、即座に転売して10円の鞘を抜くことが出来る。ただ、もし反対に豊作で価格が急落したとしたら、つまり先物は130円で買っているのに、大根の現物が手に入った時には110円に値下がりしていたら、即座に転売したとしても△20円の損失となる。

レバレッジ取引を有効に使うが丁半博打はしない

更に面白いのは、先物取引には通常100%の現金は必要としない。例えば大根1万本を1本130円で買ったとすると、大根現物ならば130万円必要だが、先物ならば、例えば証拠金として20万円拠出(返金される)して、あとは130万円の数%分を取り敢えず払っておけばよい。つまり手許に持っている資金よりも何倍分もの取引が出来る。仮に大根の先物は10%だったりすれば、仮に5万本の大根先物を買うとて「証拠金相当分(仮に20万円)と13円×5万本=20万円+65万円=85万円」を用意すれば、一月後に130円で5万本分の大根を買うことが出来る。だが実際に5万本もの大根を食べる訳でも、必要なわけでもない場合は、即座に市場で140円で5万本を転売してしまえば良い。1本あたり10円の利益となるので、10円×5万本の50万円が儲かることになる。当然、逆も真実で、実際は110円に△20円も値下がりしていたら、転売しただけで100万円の損失となる。このように、所持金よりも大きな取引が出来ることを「テコの原理」、或いは「レバレッジ」などと呼んでいる。

だが、そもそもヘッジファンドはこうしたレバレッジを効かせた丁半博打のような運用などしていない。実は先物には理論価格というものがあり、先物価格がその理論価格よりも高い時を狙って瞬時に先物を売り、同時に現物を同量だけ買う。仮に理論価格が133円と仮定しよう。仮に急激に食糧危機が襲ってきそうな気配になり、先物価格が150円で取引をされていたら、例えば1万本分の先物を売って、同時に130円で大根を1万本買う。こうしておけば、先物の満期日に大根を全部150円で売ることが出来る。つまりポジションを組成した段階、売買を執行した時点で「150円-130円-3円=17円」の儲けを確定出来る。1万本分だから170万円だ。これが裁定取引であり、お分かりの通り、リスクはヘッジされている。こうした先物価格の理論値に対して、実際の先物価格が上方乖離した時に「現物買いの先物売り」を執行するのがヘッジファンドの原点だった

近時は一対の組合せのロング・ショート(買いと売り)とは限らない

その後、投資理論の進歩のみならず、システムトレードによる執行時間の短縮が起こり、またAIなどの進歩により、「大根の現物と大根の先物」というような、AとAの先物という一対の単純な関係でなくても、「株と債券」や「株と為替」、或いはその三つ巴などの相関を取ることにより、上記のような価格の歪みをみつけて裁定取引が出来るようになってきた。その結果、株がドンドン上昇する傍らで金利が極端に上がったり(下がったり)、そして為替も急激な円高(円安)に振れたりというような状況が頻繁に見られるようになった。よく「もう片側は何でヘッジしてんだろう」とディーリング・ルームで話題になったものだ。実際にはヘッジしていない裸の時も段々出てきたようにも聞いている。時々、ヘッジファンドの運用内容をしたり顔で語る人がいるが、実際には内容はブラックボックス(一部のテクノクラート以外、モデルの真骨頂はわかってない)なので、仮に離職しても守秘義務がありペラペラと他人に喋ることは出来ない。だから本来はそんなにヘッジファンドの情報は漏れて来ない筈なのだ(自分がオーナー・ファンドマネージャーだったブティック型ヘッジファンドなら話は別)。つまりヘッジファンドは謎が多い。

歴史の教科書には「イングランド銀行を負かした男、ジョージ・ソロスとクアンタムファンド」みたいな書き方がされているだろう。確かソロスは英国ポンドを売りまくった筈だ。それをイングランド銀行は介入によって兎に角食い止めようとしたが、ソロスは何か他のものを同等に買うなどしてヘッジしていたため損失を出さず、イングランド銀行が諦めた段階で巨額の利益を得た筈だ。この時、もし為替の部分しか観ていなければ、ヘッジファンドというのは、凄い暴れん坊に見えて来る。

運用スキームに専売特許はなく、直ぐにコピーされる

ヘッジファンドは基本的には何らかの原因で偶発的に生まれる価格の歪みを利用して、殆どリスクを取らずに利益を生む方法として運用されているものと捉えることが出来る。そういうと素晴らしい玉手箱のようだが、市場には同じように鵜の目鷹の目で利益を出せる方法を虎視眈々と狙って探している人達が沢山いることを忘れてはならない。「あのやり方が儲かる」とバレてしまえば、必ず誰かが真似をする。中国や韓国の「コピー商品」の比ではない。本来、こっそり行う筈だった裁定取引も、みんなが行うようになれば、理論値からの乖離も無くなり、全く旨味の無い取引になってしまう。若しくは極僅かな市場の歪みにシステム取引などを利用して挑戦するようになる。そうなれば更に旨味の無い取引となるので、パフォーマンスをあげることがドンドン困難になってきた。つまり、今の市場で歪みを見つけることは相当困難な筈だ。だからこそ、パフォーマンスが昔みたいに上がらなくなってきた。

リーマン・ショック前のヘッジファンドは信託報酬2%前後などざらにあった。更に毎年成功報酬として利益の30%程度はファンドマネージャーが貰う仕組みにもなっていた。更に最低でも500万ドル以上100万ドル単位などが購入要件であり、誰か既にそのファンドの投資家になっている人の紹介が無いと買えないようなプレミアムな商品だった。また解約する時も「45日前告知の90日目解約」など、運用サイドからの要望に極めて我儘が許された。だがそれだけ払っても、八方手を尽くしても、解約制限を受けても、期待に余りある利益が投資家側に落ちる限りは、皆がハッピーだった。

だが、リーマン・ショックで景色は一転する。私が2012年からプライベートバンクのISSヘッドをしていた時、何とか良いヘッジファンドを国内に導入しようとロンドンのファンドチームなどと再三議論を続けていたが、結局「これは良い!」と導入したくなるファンドは一本も無かった。ロンドンサイドも良いヘッジファンドが激減していることは認めていた。それは市場の歪みを認めないパッシブ運用がリーマン・ショック後から増えはじめ、インデックス取引が増えたからかも知れない。今後も市場の歪み自体に収益機会を見出すという伝統的なヘッジファンドの運用スタイルは、この先更に廃れていくだろうと思われる。

これからの投資スタイルはどうなっていくのか?

そうは言っても、ヘッジファンドの運用者達にはノウハウがあり、市場を揺さぶる(マニピューレートする)方法は良く心得ている。だからこそ、「米国での新型コロナウイルス感染者数が200万人を超える」という報を頼りに、市場を崩す大勝負に出た。残念ながら下げは長続きせず、恐らく市場下落で一儲けを狙った目的はあまり達成出来なかっただろう。それは情報自体、すなわち「米国での新型コロナウイルス感染者数が200万人を超える」という内容自体が既知の話であり、彼らが考えるほどに市場が感染者数の増加自体に敏感では無くなっていたからだ。きっとこんなことの積み重ねが今日のBloombergニュース「ヘッジファンドの20年上期リターンはマイナス7.9%-08年以来最悪」という記事が書かれる背景となるヘッジファンドのパフォーマンス悪化の一例であろうし、私も前述のような「仕掛けかも知れない」と考えた理由だ。

ならば今後はどんな投資スタイルが主流になるのか?残念ながらその答えはひとつではない。ヘッジファンドという運用主体が今後もより弱体化することは事実だろうと思うが、デリバティブという金融投資商品がある以上、レバレッジ取引自体は無くならないだろうし、現物とデリバティブを組み合わせた投資商品も無くならない筈だ。だとすれば、今回のように、何かを材料に市場を大きく変動させる投資主体や投資方法は残る筈だ。現物とデリバティブ、どちらかが損をしても、もう片方でそれを上回る利益を挙げられれば良いという割り切りは理に適ってはいるのだから。

ただヘッジファンドなどのデリバティブを絡めた運用の多くが、その参照しているものがインデックスであったり、金利水準であったり、或いはコモディティであったりと、一番の変動要因となるのがマクロであることは要注目だと思う。つまりマクロ(雇用統計やISM信頼感指数、或いは日銀短観であったりPMIやGDPなどなど)プレイヤーの暴れん坊が弱体化すると、当然パフォーマンスの差別化に資するものはミクロ、すなわち個々の企業収益の動向に関わるものとなって来るということだ。

ETFやインデックス運用などのパッシブ運用で運用者や運用会社が他と差別化を図ることは出来ない。寧ろ手数料引き下げ競争の中で運用者の給与は下がり、運用会社の収益も悪化するだけだ。だが、きちんとビジネストレンドを分析し、個別の企業収益動向をきっちりと予想し、パフォーマンスの差別化が出来れば、そこに資金は集まる。ESG投資などと言っても、その付加価値はESGスコアの評価会社の方にあるのが現状で、運用会社には無いことはあまり知られていないと思う。

ならばBack to Basic、運用会社は原点に戻って企業収益の分析に精を出してパフォーマンスの差別化を図るよりサバイバルする方法はない筈だ。それは翻って、市場全体の価格形成メカニズムにもいい影響を与えるだろう。ETFなどのパッシブ運用による「市場全部買い」によって、ゾンビ企業を生き永らえさせてしまっているのが現在の市場であり、マクロデータばかりに着目する投資主体があった。後者が衰退することで、もう少しBack to Basicとしてミクロを重視する必要に迫られれば、株価もより個々の企業にとって適正なものと変わって行くだろうと思う。期待も込めてそう考えたい。

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