今朝の日経朝刊(7/24)のコラム記事「核心」を読まれたか?米シティグループの元最高経営責任者だったチャック・プリンス氏がサブプライム住宅ローンの焦げ付きが問題になりだした2007年夏の頃に話したとされる「音楽が鳴っているうちは、踊り続けなければならない」を引用した上で、今後の各国中央銀行の金融政策が非常に難しいということを告げている。

ただこれを読んで根底で違和感を持ち続ける自分の気持ちは何かと言えば、現状認識の相違である。すなわち今現在を「バブル」とするのか、それとも「単なる金余り状態」とするのかということだ。記事はどうやら現状認識は「バブル」であるようだ。具体例として、デフォルト(債務不履行)の常習者アルゼンチンの100年債発行が3.5倍もの応募倍率となったことやギリシャが3年ぶりに発行する見込みの債券が既に水面下で引き合いが活発だということを挙げている。また資産運用会社など大手100社のオルタナティブ投資残高が16年に4兆ドルあまりに達したことも問題視している。だが私は現状を「バブル」ではなく、「単なる金余り状態」だと捉えている。少なくとも、日本は違うと思う。

この世界に入って30余年の間に、後で言う80年代バブル、ITバブルと代表的なバブルのみならず、幾つかのバブル扱いされた期間のど真ん中をファンドマネージャーとして駆け抜けた。その頃の経験に基づいて、“今”との一番の大きな違いを考えると“街の景況感”が違う。冒頭のプリンス氏が喩えられた「踊り続ける」という言い回しが正鵠を射ていると思うが、踊りたくなるような浮かれる景況感が「バブル」には必要だ。しかし、日本の現状認識を言えば、退職金も年金も満額貰って海外旅行や資産運用に興じている一部の世代を除いて、恐らく踊りたくなるような景況感で居る人は極々稀な特殊な人達だけではないだろうか?だからこそ、日銀が笛吹けど誰も踊らず、インフレ率がいつまで経っても目標の2%に向かう確証が得られない。だから困っている。

バブルの頃の象徴的な出来事と言えば、例えば不動産価格の高騰であろうし、「シーマ現象」に象徴されるような高級乗用車のバカ売れ状態、或いは高級ワインなどをバンバン抜栓するようなパーティー・シーンの頻発などがある。今現在、こうしたシーンがそこかしこに見られるだろうか?少なくとも私の目には見えてこない(最近はそんなに夜の繁華街に詳しくないが・・・)。消費者の消費マインドは、そんなに浮かれていない。

先日、週末金曜日の深夜の六本木に久し振りに居た。銀座のバーで痛飲した後、飲んだ後の締めに食べたくなることで有名な六本木・香妃園の鳥そばを食べに回ったのだが、そこで見た景色を私はバブルとは思わない。バブルの絵面としては無ければならないものは、どう見ても、羽振りの良さそうなオッサンが不釣り合いの若い女性(たぶんクラブのお姉さん)を連れているというものだが、その日見た景色は、普通の若い男女のグループが仲良く鳥そばを啜っているものだった。所謂、バブル紳士やバブル貴族はどこにも居ない。店を出た道路の状況もしかり、タクシーも簡単に拾えた。酔っ払って叫んでいる若者もいない。景気よく金をブンブン使っているという感じの人々が居るようには見えなかった。

単なる金余りが、実需を伴わない不動産開発(ビルの新築、アパートの新築で大規模開発ではない)を起こしている可能性は否定しない。「REITは勧めない」で書いた通り、その資金はいずれどこかで停滞するかもしれない。しかし、その資金の出所に金融機関が強く関わっていない限り、デリバティブなどを使ってレバレッジを掛けていない限り、何かあった時のダメージは、極めて限定的に終わる筈だ。サブプライムの時の問題の本質は、そのローン債権が銀行のバランスシートから切り離された後に、それを種芋にデリバティブを使って何倍ものレバレッジが銀行のバランシートに直接リンクしていたからだ。だから当初評価と随分違った結果になった。その構図は既に作れないように規制されている。

国内の地銀勢が、金余りの中でオルタナティブ投資を増やしたり、家賃保証のアパートローンの仕組みの後ろにいたりするという話はよく聞くが、目先で世界を揺るがすようなインパクトのある話では無い。当然何かあれば、一部地域経済にダメージはあるかもしれないが、既に金融庁は現状を認識しており、動き出しているのだから。

問題の本質は、お金をジャブジャブにしたところで、物価が上がるような方向へお金が流れないことである。ファストファッション、メルカリ・ブーム、カーシェアリング、ウーバーイーツや家飲み、などなど今のキーワードは決して物価上昇を齎す要因ではない。サウジアラビアなどの産油国が危惧していることは、既に原油の枯渇ではない。環境意識の高まりや、EVやハイブリッドカーの普及による需要不足から原油が売れなくなることだ。もう原油が底をつくなどというのは、一昔前の発想だ。だからオイルショックのようなことはもう有り得ないし、原油が140ドルなどになることももうないであろう。

「金余り状態⇒バブル⇒バブル崩壊⇒景気停滞」という単純なサイクルで景気循環を見る時代は終わっている。それよりも、如何に消費者に消費マインドを喚起するかが大切であろう。各国中央銀行が蛇口を締め出した結果、下手をすればバブル(幻想?)が崩壊するかも知れないという論陣が高まれば、更に消費者は守りに入ってしまう。それでは何の意味も無い筈だ。今は本当は逆の論陣が張られるべき時だと思うのは、私だけだろうか?