今朝の日経朝刊(7/21)によると、ソフトバンクが一年前に約3兆3千億円強もの巨費を投じて買収すると言った英国の会社ARM(アーム)が凄いらしい。パソコンやサーバーのCPUならインテル・アーキテクチャーが主流な一方、スマホやカーナビなど小型機器のCPUはARMアーキテクチャーが主流というのが現在の棲み分け実態。ただARMは黒子の会社なので自社の名前が表に出ない。とは言え、スマホの主力CPUと言われるSnapDragonはQUALCOMM製、ExynosはSamsung製だが、アーキテクチャーはARM製。iPhoneはそもそもApple社とARM社の関係からしてもARM製。すなわち、世界中の殆どすべてのスマホがARM社製のCPUで動いていると言っていいのが実態。分かり易く言えば、スマホのインテルと言ったところがARMということ。

一昨年、そのARMをソフトバンクが買収すると聞いた時は本当に驚いた。イギリス・ケンブリッジ大学の近くに社屋を構えるその会社は、誇り高きイギリス人の会社であり(笑)、まさか訪問した当時は日本企業に買収されるとは思わなかった。後にその背景を知って「なるほど孫さんね」とは思ったが、ARMアーキテクチャーの本家本元が、どこかの軍門に下るなど、私には想像だに出来ないことであった。

もうひとつ信じられないことが起こったのは、その発表を受けて、ソフトバンクの株価がストップ安で急落した事。市場参加者の多くが、恐らくARMという会社を知らず、また買収金額約3兆3千億円という規模に度肝を抜かれて売り焦ったのだと思う。スマホ、スマホと言いながら、こんなにも市場関係者にARMは無名だったのかと。私はリーマンショック以降、暫く数年書いたことのなかった株式購入の申請書を慌ててコンプライアンスに提出していた。

そもそも、私とソフトバンクとの出会い自体が海外発だから面白い。シリコンバレーで当時まだベンチャー企業であったYahoo.Inc、ベンチャー企業専用の低層のオフィスビルを複数借りていたものの、まだまだベンチャー企業の匂いの強かったところに足を運んだ時から始まるのだから。なぜかと言えば、Yahooでインタビューした同社創業者ジェリー・ヤン氏に「当社のビジネスモデルに感動してくれた日本人はミスター・オーシマともう一人いる。ミスター・ソンを知っているかい?」と言われたからだ。当時のソフトバンクと言えば、まだ雑誌社と言ってよく、孫さん自体、やや胡散臭いという受け取られ方をしていた頃だ。当然日本のどこの証券会社のアナリストもリサーチ・カバーしていない。それでも何人もの市場関係者に相談してみたが、答えは一様に「なんだか潰れそうな会社だろう?やめとけよ」というものだった。その後の顛末については、皆さんご存知の通りである。

話は戻ってARM。同社の日本事務所は新横浜にあった。日本支社長もエンジニア上がりの優秀気さくな方で、どうして日本があれほど強かった半導体産業から脱落することになったかを、日本の数学教育の在り方を問題意識として丁寧に説明してくださった。実に面白かったし、合わせてARMという会社は侮れないと感じた。その後、やはりケンブリッジの本社をどうしても訪ねてみたくなり渡英、ケンブリッジ大学の近くでカレーを食べてから訪問したものだ。ただ問題はファンドにひとつだけ英国株を入れるというのは、事務方の労力を考えると非常に面倒なことになり、仕方なく米国市場で同社のADRを購入した。

そんな同社のサイモン・シガース最高経営責任者(CEO)が、ARMの回路設計を使う半導体の出荷数が「次の4年間で累計1000億個と急激に増える」との見通しを示したというから、これはそこそこにインパクトある話だ。だが、記事を読み進むと今後市場がどう受け止めるか非常に興味深い一説がある。曰く「ソフトバンク傘下となり非上場企業になったことで、シガース氏は「投資の自由度が高まった」と話した。上場時は短期的な視点で投資を迫られていたといい、「将来的に強い技術を確立するために幅広い分野の研究開発に投資できる」と評価。しばらくは「開発コストが売上高を上回る」との見通しを示した。」(日経新聞朝刊7/20より引用)とのことだ。この件をきっかけに、市場の近視眼的物の味方の癖が治ってくれると良いのだが。

要するに、上場企業でいる間は、四半期決算発表の都度、アナリスト達からやいのやいのと攻め立てられるため、その短い期間の単位で経営を考えざるを得ないが、ソフトバンクの傘下に入ったお陰でそれがなくなり、将来の布石の為の投資がちゃんと出来る。「次の4年間で累計1000億個と急激に増える」という流れの中にあっても、当面は売上高以上の開発コストが掛かる(つまり利益は出ない)という意味の筈だ。これを買いとみるか、売りとみるか。その投資家のスタンスのことこそが「長期投資」か「短期張り」かということになる筈なのだが・・・。

恐らく、今後の孫さんは決算発表の席上では、アナリストから「3兆3千億円もの巨費を投じた買収先ARMが、ドラ息子状態を抜けて親孝行を始めるのはいつ頃からですか?」と質問攻めにあうのであろう。だって営業利益ではなく、売上高を上回るほどの開発コストを掛けると言っているのだから、これは財務諸表的にはネガティブな話だからだ。

ここで思い出されるのが、過日書いた「村田製作所会長兼社長のコラムから」で紹介した会長の「良い時でも悪い時でも長期的な見通しにたって新製品の開発投資や工場投資を継続することが大切だ」というコメントだ。同社のアナリスト評価も常にこの件で右往左往する。当然株価も。確かに常に先々の話で大きな設備投資ばかり行って、失敗ばかりした目の付け所だけはシャープな会社があって、それを多くのアナリスト達がべた褒めしていていたにも拘わらず、実質破綻した例が無いわけではない。だからこそ、選球眼が問題になる。

さて、今回の件を市場関係者はどう受け止めるのか、市場の真のセンチメントを測るためにも、是非とも注視していきたいと思う。