「ソフトバンク・グループ」という企業を思い浮かべたとき、「携帯電話のキャリア」を真っ先にイメージする方は少なくないでしょう。確かに、ソフトバンク株式会社は通信事業者です。しかし、実は「ソフトバンク・グループ」は「戦略的な投資企業」なのです。
そんな同社が9割の株を持つArmは、昨年9月のIPOから株価が当時の倍以上にもなっています。今回は、このIPO成功事例から、ソフトバンク・グループの投資企業としての価値について、プロのファンドマネージャーが解説します。
投資での資産形成をお考えの方も、既に投資を始められている方も、ご自身の知識と照らし合わせながらご覧ください。
(Fund Garage編集部)
ArmのIPO成功事例から、ソフトバンク・グループを再評価する
ArmのIPOとその結果
前回の無料記事『AI時流に乗るArmアーキテクチャ(9月11日号抜粋)』でもご紹介したように、2023年9月に半導体アーキテクチャのArm(アーム・ホールディングス、ARM)が、NASDAQ市場に新規株式公開(IPO)した。
そして、これは公開価格の51ドルを約25%上回る大成功をおさめ(初値:56.10ドル、終値:63.59ドル)、時価総額は650億ドル強に上ったという。
ひとまず、ソフトバンクグループ(9984)には、48億7000万ドル(約7180億円)のキャッシュがもたらされた。これは保有する株の1割相当分をIPOで売り出したからだ。
ただ、ソフトバンク・グループは、完全希薄化後ベースでは680億ドル近く(1ドル147円で計算して99,960億円)のArm社の9割の株を持ったままだ。
これは、2023年8月に行われた4半期決算説明の際に使われた投資家向け決算説明会の資料15ページ、同社にとってアーム(ARM)がそもそも幾らかという簿価に相当するものが示されている。その金額、為替変動を含めて34,330億円。ならば、99,960億円-34,330億円=65,630億円相当が同社に関わる含み益ということになる。(※1)
出典:2024年3月期第1四半期決算 投資家向け説明会 より
このArmのIPO成功に導いた、ソフトバンク・グループの評価はいかがなものなのだろうか。
早速、次項から考察していこう。
※1…簿価とは、「帳簿価額」の略称で、その企業の資本や負債などの評価額を表す。時価総額との差額を「評価損益」と呼び、簿価<時価のときは「評価益(差額=含み益)」、簿価>時価のときは「評価損(差額=含み損)」となる。
「一株当たりのNAV」という考え方について
そもそもの話にはなるが、ソフトバンク・グループというのは、「戦略的持ち株会社」に分類される企業であり、それを自称してもいる。要は、グループ傘下の株式を保有して事業を行う「戦略的投資の企業」であり、決して「携帯キャリア」の会社ではない。
そしてもう1つ。ソフトバンク・グループの記事として度々目にするのは、「ソフトバンクグループ〇月期の決算 〇千億円の赤字」というような見出しだ。しかし、ソフトバンク・グループが重視しているのは、一時の決算で短期的に儲かった or 損をしたではない。ここにだけ着目するのは誤りだ。では何を重視しているのか?
ソフトバンク・グループのWebページを見ると、同社の一株当たりのNAV(Net Asset Value)というものが、大きな文字で表示されているのが確認できる。
これによると、ArmのIPO前のNAVは、10,616円/株(2023年6月30日現在、以下参照)とある。
そして、IPO後(2023年12月31日現在)は以下の通り、13,119円/株となっている。
★★★編集部のひとことポイント★★★
現在(2024年4月時点)、上記ウェブサイトで見られる情報は、2023年12月31日現在のものまでです。しかしながら、2024年に入ってからのハイテク株上昇の流れを鑑みると、現在のNAVはより高くなっていることが予想されます。
さて、NAV(Net Asset Value)とは一体何だろうか。
「一株当たりのNAV」とは、資産から負債を差し引いた額のことで、ちょうど投資信託でいう「基準価額」に相当すると考えてほしい。
ソフトバンクが運営するWEBマガジン『ソフトバンクニュース』には、
戦略的投資持株会社であるソフトバンクグループ株式会社(以下、SBG)では、各グループ会社を投資ポートフォリオとして統括するマネジメント体制の下、「株主価値」とほぼ同じ意味であるNAVがSBGの価値を示すとして、経営の最重要指標としています。保有株式価値から調整後純有利子負債を差し引いた1株当たりのNAV情報を、SBGの公式サイトで公開しています。
(出典:https://www.softbank.jp/sbnews/entry/20220420_02)
とも記載されている。
ソフトバンク・グループは持ち株会社として、この「一株当たりのNAV」という考え方を重要視していることを理解しておく必要がある。
NAVから分かること(ソフトバンク・グループの評価は妥当なのか?)
ではもう一度確認すると、2023年12月31日時点でのソフトバンク・グループは、
NAV:13,119円/株に対して、株価:6,293円
であった。
つまり、ソフトバンク・グループの企業価値であるNAVを、大きく下回る株価で取引されているということになる。
これは、ソフトバンク・グループが、市場や投資家に正しく評価されていないことの表れではなかろうか。
そしてこの現象は、2000年の「ドットコムバブル」の頃を思い出させる。
当時(98年11月)、ソフトバンク・グループの一株当たりのNAVは1万数千円に及んでいた。このNAVを引っ張っていたのは、Yahoo.incだ。
そして、なんとソフトバンクはYahooの発行済み株式の39%の株主だった(=いち早く目をつけていた)のだ。
例えば、かの「Google」が検索エンジンの会社として創業したのが 1998年9月27日、株式公開したのが2004年8月19日という時系列を考えてもらえば、いかに当時がインターネット黎明期であったかがお分かりいただけると思う。
これだけ先見の明があったにも関わらず、ソフトバンク自体が「倒産しそうな雑誌社」程度の業界認識であったため、実際にはなかなか市場で評価されなかった。
だが面白いことに、ここに冗談のような本当の話がある。
それは、私がYahoo.inc の創業者ジェリー・ヤン(楊致遠)氏に面談した時のこと。
1時間程度会社の話を聞き、非常に私が興奮しているのを見た彼は、「私の話に喜んでくれた日本人がもう一人いるよ。孫正義って知っているか?」と言ったのだ。
考えてみれば、これが私のソフトバンクへの興味が湧いた発端であった。
ArmのIPOに参加した名だたるハイテク企業たち
Armは今回のIPOに際し、
アップル(AAPL)、エヌビディア(NVDA)、インテル(INTC)、アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)、アルファベット(GOOGL)、サムスン電子、ケイデンス・デザイン・システムズ(CDNS)、シノプシス(SNPS)、更に台湾積体電路製造(TSMC)
といった大口顧客から出資を受けるため、7億ドル強相当の株式を確保していたという。
また、買い手の合計は650以上の投資家で応募倍率も12倍を超えたというが、ソフトバンク・グループが放出した株式の50%は上位10の投資家が取得し、上位25が約70%を占めた。
上掲の9社と、これら上位10の投資家が合致しているかどうかは分からないが、このハイテク・メジャーリーガーたちの名前を見て何も思わない人はいないだろう。
従来、証券市場が「Armの牙城」と考えてきたのがスマホなどのモバイル市場という論点(詳細は前回の無料記事『AI時流に乗るArmアーキテクチャ(9月11日号抜粋)』を参照)からすれば、
アップルとサムスン電子は「iPhone」と「Galaxy」というスマホを作っているので、出資したことにあまり違和感は無いだろう。
またアルファベットも、自社クラウド用に開発したCPUにArmアーキテクチャと開示しているので、出資には頷けるのではなかろうか。
さらにアドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)についても、パソコンやサーバー向けのCPUのみならず、幅広く商品ラインナップを展開しているのでそこまで驚きはしない。
しかし最も面白いのが、インテル(INTC)だ。「Armアーキテクチャの対立軸に居る親玉」とも呼べる存在が、インテル・アーキテクチャで何とかリバイブを目指すインテルそのものである以上、その本心には深甚の興味を抱いてしまう。
そう、つまりそれだけ「Armアーキテクチャ」に対する畏怖の念を持たないとならない状況が、非モバイルの彼らのフィールド(インテルアーキテクチャは、PCやサーバーが主戦場)でも起きているということだ。
言い換えれば、まさにArmは「右肩上がりのビジネス・トレンド」であると言える。
まとめ
今回は、以下のポイントを中心に、ソフトバンク・グループの評価について考えた。
- ArmのIPO成功は、ソフトバンク・グループの「持ち株会社としての価値」を再評価する必要性を示唆している。
- ソフトバンク・グループの経営における最重要事項は、「一株当たりのNAV」という考え方である。
- その企業価値であるNAVを、大きく下回る株価で取引されているという現実は、ソフトバンク・グループが、市場や投資家に正しく評価されていないことの表れであると言えそうだ。
- ソフトバンク・グループはかつて「ドットコムバブル」時代にも、いち早くYahoo.incに目をつけていた過去がある。
- ArmのIPOには有名ハイテク企業(ライバル企業のインテルまでも)の多くが出資していることからも、ソフトバンク・グループは右肩上がりのビジネス・トレンドを掴んでいると言える。
…という現実を知って、Armひいてはソフトバンク・グループの株価(、つまりNAVとの乖離)をどう評価するのかは投資家の皆さま次第である。
とは言えやはり、
一株当たりのNAVが株価を上回っていたとしても、その中身(今回の場合で言うならばArm)のビジネス・トレンドが右肩上がりでない限りは、NAVの値が株価に近付いてくることもある。
ただ、それが逆だと判断できる、すなわち右肩上がりだと考えられるのならば、間違いなく「Very deep discount(=安く売られすぎている)」と言えるのではないか、と私は考えている。
編集部後記
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