FG Free Report トヨタ自動車など「型式指定申請不正問題」の真実(6月10日号抜粋)

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2024年6月、国土交通省は国内自動車メーカー各社に不正行為があったと発表しました。これは、メーカーが行うべき「型式指定申請」の方法に虚偽があったとするものです。

はたして、私たちは安全に国産車に乗ることができるのでしょうか。あるいは、安心して企業に投資できるのでしょうか。

今回は、自動車関連株式を専門とするファンドマネージャーが、みなさまのお悩みにお答えします。

投資での資産形成をお考えの方も、既に投資を始められている方も、ご自身の知識と照らし合わせながらご覧ください。

(Fund Garage編集部)

国内自動車メーカー「型式指定申請」における「不正」問題とは?

本件の概要

先週6月3日、国土交通省が「型式指定申請における不正行為の有無等に関する 自動車メーカー等の調査報告の結果等について」というプレスリリースを発したことから、このドラマは始まった。当日、トヨタ自動車をはじめ、マツダ・ヤマハ発動機・本田技研工業・スズキの5社が記者会見を開き、内容説明と謝罪を行った。

概要はこうだ。車両を量産する際、通常各社は国が定めた基準に則って安全実験を実施し、「型式指定申請」を行わなければならない。それが今回、国の規定とは異なった方法で安全実験を実施し、型式指定申請を行なったということが明らかになり、これが国土交通省から「不正行為」とみなされた。

とはいえ実際のところ、車両の安全性を脅かすものではないと各社は発表している。一例を挙げると、衝突実験の際に本来ならば「1,100kg」の台車をぶつけるべきところを、トヨタは「1,800kg」の台車を使用してデータを提出していたという。結果的には、これをクリアしているのだから、むしろ国の基準より安全とまで言えるのであるが——。

しかし、ルールはルール。監督官庁である「国土交通省」が「不正行為」と評するプレスリリースを発した以上は、民間企業は即座に対応しなければならない。少なくとも、この形式指定申請によって「型式認証」が取得できなければ、日本国内でのクルマの量産ができないからだ。

日米における車両の「型式認証基準」の違い

ところでこの「型式認証制度」というのは、昔から貿易摩擦問題の主要なテーマになるほど厳しいことで知られている。もちろん、その目的は「ユーザー保護」であることに間違いはないが、日米欧でそれぞれ異なる基準を設けており、日本が一番厳格なことも有名な話だ。

例えば、日本と米国の全面衝突試験の速度には違いがある。日本のそれは50 km/hであり、米国は35 mph(約56 km/h)だという。さらに、排出ガス規制・照明装置の光軸調整・光のパターンの規定も、日本が一番厳しいとされている。

もちろん、日米欧で認証制度の基準が違うのだから少しぐらい間違いがあっても良いだろうということではない。ただ、なぜこれほどまでに国や地域によって不揃いな基準になっているのかという点については、間違いなく一度精査し直してみる価値はあるのではなかろうか。(誤解無きよう追記すれば、今回の事案でトヨタ自動車は、この厳しい日本基準以上に厳しい条件設定での試験を行ってしまい、「不正行為」と言われている。)

また、米国では個人が自作した車両を公道で走らせることが比較的容易だ。型式認証や車検が厳しくないため、創造性を発揮しやすい環境が整っている。事実、私もこの地を旅していると、「こんなものが公道を走っても良いんだ」というようなクルマを見掛けることが度々ある。

しかし、その分車両に問題が生じた場合の責任は大きい。事故やトラブルが発生した場合、製作者やオーナーが法的責任を負うことが多く、そのリスクを自己負担する必要があるのだ。つまり、日本は公道を走る車両の安全性と環境性能を確保するために厳格な制度を採用する一方で、米国は個人の自由や創造性を尊重しつつ、自己責任※を重視する柔軟な制度を採用しているといえよう。

※そもそも「自己責任」という概念自体が、日米で似て非なるものだと感じることが多い。それは車の世界においても、投資の世界においても、日本の「自己責任」はなぜか最後は「腹切りの覚悟」をルーツに持つだけに感じる。車検の例で言えば、「お上の基準でOKを出したのだから、何かあったらお上の責任だ」という発想に繋がり、だからこそ、お上の方も「そう思われても大丈夫」なように、無闇に規制したりする。投資に関して言えば、国民全般の「投資リテラシーが高くない」という現実の元に、投資教育の精度を上げていくという努力よりも、投資商品に対する規制を厳しくするという日本的な発想。

結局、トヨタの株価は下落した。でも…?

さてそんな中、不思議でならない現象は、この件でトヨタ自動車(7203)の株が5%も下落した点だ。しかも、発表された6月3日時点でかなり割安な状況であった。この現象は、じっくりと記者会見を視聴し確認した身からすれば、「この市場は何をどう評価して値付けをしているのだろうか」と疑問に思う。

ちなみに、トヨタ自動車の週末時点の終値で見た今期予想PERは8.80倍であった(Google Financeより)。これは、配当利回りで2.33%となる。もちろん、この数字を見て「割安」と考えるか「まだ割高」と考えるかは、個々の投資家の判断によるだろう。ただ、日経平均採用銘柄の今期予想PERが16.40倍東証プライム全銘柄が16.14倍という水準と比較しても、好決算を発表した日本を代表する企業のPERが8.80倍に過ぎないというのは、かなり驚きである。

とある報道によると、「EVが減速してきているにもかかわらず、トヨタの時価総額はテスラの時価総額に遠く及ばない。しかし、本件が業績に与える影響は軽微だ。ならば、ガバナンスの問題が心配されている」というロジックが構築されていた。これについて言えることは、日本最大の時価総額を誇る銘柄の値付けでさえ、この国の資本市場では定量的(合理的)なアプローチは通用せず、定性的(情緒的)なアプローチが全てなのかもしれないということだ。

その理由は、数字を見れば明らかである。テスラの週末時点のPERは、Non-GAAPベース(FWD)で69.76倍に及ぶ。一方、時価総額を比較すると、週末現在テスラが約89兆円に対して、トヨタ自動車は約44兆円とほぼ半分だ。つまり、PERが8.80倍(トヨタ)と69.76倍(テスラ)と約8倍の開きがあるのに、それでも時価総額が1対2程度の比率でしかないということだ。これは、どちらかが「不当に安い」、あるいは「不当に高い」という判断をするのが妥当な株価分析だろう。

ならば残る理由はやはり、「嫌い!」や「けしからん!」といった定性的(情緒的)で、短期的な売り需給によると考えるのが普通だ。株価は長期的には収益トレンドに収斂するが、短期的にはいつだって需給が最大の株価決定要因となる。

でも、私が長年リサーチしてきたトヨタ自動車は、決してガバナンスがいい加減な会社でも、コンプライアンス意識が低い会社でもないのは事実だ。また私の知る限り、それは販売現場のディーラーの隅々にまで行き届いていることも実感している。たしかに、圧倒的な強者であるゆえの傲慢な過去はあったかもしれない。しかし、それを豊田章男現会長が14年間かけて社長時代に建て直してきた。

今回私は、その豊田章男会長が前面に出ての記者会見に加え、本件に関わるYouTube「トヨタイムズ」(下記リンク)の両方を全編確認したが、極めて真っ当なことを話されていると感じた。

まとめ

本件で私が感じたことは、そもそもコンプライアンスや法令遵守とは、どういう目的で、何のためにあるものなのかをよく考える必要があるということだ。

近頃は鬼の首を取ったかのように「コンプライアンス違反だ」と糾弾するか、それを避けるが為に、あれも駄目、これも駄目、と何でも規制する風潮がある。特に今回のように大手企業がエラーを起こすと、ここぞとばかりに叩きまくる。そこには前向きな発想は全く見られない。

ただ、株式投資に関して言えば、そんな短期的な売り需給で下押ししたところは、長期投資家にとっては絶好の仕込み場であることだけは間違いない。そのどちらに付くかは投資家個々の判断によるから、日々の情報収集は漏れなく行い、状況を精査して投資を成功へ導いていただきたい。

編集部後記

こちらは、Fund Garageプレミアム会員専用の「プレミアム・レポート」の再編集版記事です。
公開から半年以上経った記事になりますので、現在の情勢とは異なる部分がございます当時の市場の空気と、普遍的な知見の皆様にお届けできれば幸いです。
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ファンドガレージ 大島和隆

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