市場では、NVIDIAの高価なGPUの代替としてのASICの存在が注目されるのをよく見聞きします。つまり、GPUとASICは同じAI半導体の一種として競合関係にあると考えられるということでしょう。
しかしながら、それぞれの役割や代表企業のビジネスモデルを注意深く見ていくと、実はこの「GPU対ASIC」という構造が誤解だということが確認できます。
今回はその裏付けとして、Marvell Technology(MRVL)・Broadcom(AVGO)・NVIDIA(NVDA)の3社の決算発表内容(CEOの発言)を、プロのファンドマネージャーが解説します。
投資での資産形成をお考えの方も、既に投資を始められている方も、ご自身の知識と照らし合わせながらご覧ください。
(Fund Garage編集部)
GPUとASICの役割を紐解こう
先週5日にMarvell Technology(MRVL)が、翌6日にはBroadcom(AVGO)がFY2025Q4決算発表を行った。
共に、AI半導体である「ASIC(特定用途向け半導体)」をメガテックと共に開発し、NVIDIA(NVDA)GPUの競合としてみなされることが多い会社だ。
しかし今回、Marvellの決算発表後の反応は「売り」、Broadcomは「買い」、と市場は異なった反応を見せた。
ただ、この両社とNVIDIAの決算を合わせて整理すると、「GPUとASICは競合ではなく補完関係にある」 ということが浮き彫りになったのだ。
なお、以下の無料記事は今号の内容の整理に役立つ内容となっているので、ぜひご参照いただきたい。
- Broadcomについて👉『ブロードコムのAI半導体と仮想化技術』
- GPUやASICなどAI半導体について👉『アクセラレーティッド・コンピューティングとは?』
- NVIDIAのエコシステムについて👉『エヌビディアの強さ:CUDAとは何か?」
- 次世代AI「Agentic AI」について👉『CES2025レポート:NVIDIAが語るAgentic AI』
ASICのビジネスに対する市場の見解
ではなぜ今回、同じASICを取り扱う2社がこのような正反対の結果を引き起こすことになったのだろうか。
決算結果を見てみると、大きく分けて以下の2点が市場センチメントに影響を与えたと言えるだろう。
1. ビジネスの成長期待の差
Broadcom AIカスタムASICの成長が市場予測を超え、新規顧客獲得が急拡大しているため、市場は強気になれた。
Marvell AIカスタムASICの成長が予測の範囲内であり、競争激化の懸念から市場が弱気に傾いた。また2026年度(FY26)のAI売上はFY25の$1.5Bを「大幅に超える」としたが、具体的な数字が提示されなかったことに市場は疑問を抱いた。
2. ハイパースケーラー※との関係性
Broadcom ネットワーキングとASICの統合戦略が優れており、ハイパースケーラーにとってスイッチングコスト(別会社の製品に乗り換える時に発生するコスト)が高いため、長期的な安定成長が期待された。また、既存の3社に加えさらに4社のハイパースケーラーがBroadcomのカスタムAIアクセラレータ(XPU)を採用予定と発表。
Marvell ネットワークとカスタムASICの統合度が低く、Broadcomと比べてより簡単に競合にシェアを奪われるリスクが意識された。
※…ハイパースケーラーとは、巨大なデータセンターを運用し、クラウドコンピューティングやストレージ、ネットワーキングなどを大規模に提供する企業を指す。例えば、Amazon Web Services (AWS)、Microsoft Azure、Google Cloud Platform (GCP)など。
GPUとASICの補完関係を補強するロジック
続いて、「GPUとASICは競合ではなく補完関係にある」 というロジックを具体的に検証してみよう。
そのために、上記2社とNVIDIA(NVDA)の決算カンファレンスコールを比較していく。以下に各社CEOの決算カンファレンスコールでの重要なコメントから、その解釈を導いてみた。
NVIDIAジャンセンCEO:「GPUの汎用性」と「NVIDIAエコシステムの強み」
「当社のアーキテクチャは、データ処理、学習、強化学習、推論までをエンドツーエンドでサポートします」
「ASICは特定のワークロードに最適化されることがありますが、NVIDIAのエコシステムはすべてのAIアプリケーションに対応できる柔軟性を提供します」
<解釈>
-
- NVIDIAのGPUは「汎用AI計算プラットフォーム」 である一方で、ASICは特定のワークロードに特化。
- 「エコシステム(CUDA + TensorRT)」というソフトウェアの強みがあり、GPUが使われ続ける。
→ GPUはAIの進化のために不可欠であり、ASICはその一部を補完する形になる。むしろ、ASICが増えるほど「データ処理・トレーニング」にGPUが必要になるという考え方。
Broadcomホック・タンCEO:ASICは「特定のワークロード向けにカスタム最適化」
「AIモデルは急速に進化するため、1つの汎用アクセラレータですべてのワークロードを最適化することは困難です」
「当社の顧客は引き続きNVIDIAのGPUを使用しながら、当社のカスタムASICも採用しています」
「汎用アクセラレータとアプリケーション特化型シリコンの組み合わせこそが、AIインフラの効率的なスケールを可能にします」
<解釈>
-
- Broadcomが設計するAIアクセラレータ(XPU)は、GPUとは異なる用途をターゲットにしている。
- AIモデルの進化が速いため、 ハイパースケーラーは「NVIDIAの汎用GPU」と「自社の特定用途向けASIC」を両方活用している。
→ GPUとASICは競合せず、補完関係にある。
MarvellマーフィーCEO:ASICは「特定顧客のニーズに最適化されるが、GPUの代替にはならない」
「我々のAIカスタムASICプログラムは、特定のハイパースケーラーのワークロードに合わせて開発されており、汎用的なアクセラレータとは異なります」
「ハイパースケーラーは、特定のワークロード向けにASICを設計しながらも、引き続きNVIDIAのプラットフォームを採用しています」
<解釈>
-
- MarvellのASICも、Broadcomと同様に「特定の用途に最適化」されている。
- ハイパースケーラーはASICを使うが、NVIDIAのGPUを完全に代替するわけではない。
→ GPUとASICは補完関係にある。
つまり、GPUとASICはそれぞれ異なる役割を持つため、競合せず市場で共存するということが3社CEOの発言に裏付けられた話として明らかになった。もちろん、ここにはアナリストの見解は含まれていない。
「高価なGPUやASICは不要」という市場の懐疑論を覆せるか?
現在市場には、AI市場成長に対する懐疑的な見方(ネガティブシナリオ)が存在する。これは例えば、
- 「AIの進化が止まり、次の大きな投資テーマが見えないのでは?」
- 「DeepSeekのような低コストAIの台頭により、メガテックのGPU・ASIC投資が減少するのでは?」(前回の無料記事を参照のこと)
といった考え方である。
これについても、3社の意見をまとめてみよう。
NVIDIA
DeepSeekの登場を契機として、現在はReasoning AIの時代へと突入した。従来のAIモデルよりも100倍以上の計算能力を消費する可能性のあるReasoning AIは、普及すればするほどGPUの需要を増やし、NVIDIAのビジネスモデルにとってむしろ有利だ。
Broadcom
新たなAIワークロード(Reasoning AI・Agentic AI)の登場で、ハイパースケーラーの投資は止まらない。またASICについても、次世代AIアクセラレータの開発が進んでいることから、需要はさらに拡大するだろう。
Marvell
AI推論の爆発的な成長により、ASICの最適化ニーズが高まっている。特に、メモリ帯域(HBM)やネットワークインターコネクトの強化が求められ、継続的な投資が必要になるだろう。
これらから明らかなことは、「AIの進化が止まった」という懸念は誤りだということ。むしろ次の大きな成長ドライバーは「Inference AI」・「Reasoning AI」・「Agentic AI」であり、これらが次のAI設備投資の中心になる。
またメガテック投資は、生成AIだけでなくこれらの新たなAIワークロード向けにすでにシフトしているので、投資継続の根拠は十分にあると言えるだろう。
まとめ
- Marvell Technology(MRVL)とBroadcom(AVGO)は同じASICを代表的に取り扱う企業であるが、両者のFY2025Q4決算発表後の株価の動きは正反対のものであった。
- その理由として、ビジネスの成長期待の差やハイパースケーラーとの関係性の違いが挙げられる。
- また、上記2社とNVIDIA(NVDA)の決算カンファレンスコールを比較すると、GPUとASICはそれぞれ異なる役割を持つため、競合せず市場で共存するという構造が見えてくる。
- 「メガテックのGPU・ASIC投資が減少するのでは?」や「AIの進化はこれ以上止まったのでは?」という懐疑論が市場にはある。しかし上記3社のCEOの発言から、AIはまだ発展途上であるうえ、メガテック投資はすでに新たなAIワークロード向けにシフトしているので、投資継続の根拠は十分にあると言えるだろう。
編集部後記
こちらは、Fund Garageプレミアム会員専用の「プレミアム・レポート」の再編集版記事です。
公開から半年以上経った記事になりますので、現在の情勢とは異なる部分がございます。当時の市場の空気と、普遍的な知見の皆様にお届けできれば幸いです。
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