FG Free Report 利上げと賃上げへの問題提起〜ファンドマネージャーの視点から〜(7月29日号抜粋)

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日銀の利上げと併せて、企業の賃上げが叫ばれている今日ですが、それは本当に現実的なのでしょうか。

今回は、①日本経済は利上げに耐えうるのか? ②日本の労働慣行はそれを許すのか? という2つの観点から、プロのファンドマネージャーが利上げと賃上げの本質に迫ります。

投資での資産形成をお考えの方も、既に投資を始められている方も、ご自身の知識と照らし合わせながらご覧ください。

(Fund Garage編集部)

今の日本で利上げ・賃上げは現実的ではない

理由①企業の利益が増えていないのに賃上げをしても無意味

今週7月30日・31日、日本では日銀金融政策決定会合が、米国ではFOMCが開催される。

面白いことに、日銀が利上げをすると予想している市場関係者が多く、反対に米国は今月ではなくとも次回9月のFOMCで利下げするだろうと語る人が多い。確かに米国については、パンデミック後のインフレ対策として急激に引き上げた利上げの反動が出始めてきたことがマクロ統計的にも明らかになってきているので、早ければ今月利下げがあってもおかしくないと私も思っている。

しかし、日銀の利上げについては、どこをどう見れば現在の日本経済が利上げに耐えられると考えられるのか、私には不思議でならない。

「日本は久しく賃上げがないから、貧しくなった」とよく言われる。だが本当にそうだろうか?

賃金の支払いに充てられる原資は、損益計算書上の売上総利益の下の項目、一般管理販売費の中にある。ということは、売上総利益(粗利)を上回った金額の賃金が支払われることは有り得ない。

言い換えれば、利益が増えていないのに賃上げをするなんてことは、経営者にとっては自殺行為なのである。このロジックに対して、多くのポピュリズムは「日本企業の多くは利益を内部留保して貯め込んでいる」という。これは正しい事実なのだろうか?

実際に賃上げを行った場合、考えられる見立てをいくつか以下に挙げてみよう。

  • 労働人口の比率:大企業に従事している労働人口は約30%。したがって、大企業の賃上げは30%の労働人口に直接的な影響を与えるはずだ。
  • 波及効果のタイムラグ:賃金増加の波及効果には数か月から数年のタイムラグがあるため、消費と投資の増加を通じて中小企業や個人事業主にも恩恵が及ぶまでには時間が掛かるはずだ。
  • 価格転嫁(賃金上昇による物価上昇)の可能性:価格転嫁は競争圧力や消費者の価格弾力性(価格変動に伴う需給の変化)によって制約される。よって一部の企業が価格を引き上げたとしても、全体的な影響は限定的である可能性が高い。

諸兄はどのように考えられるだろうか?

リアルな私の実感から言えば(キャリアとして、メガバンク・新興IT企業・グローバル投資銀行も経験した上で、現在は零細企業経営者(汗)になった身からすると)、世間で言われている「賃上げ」なんて話は、地球の反対側で起きていることのようにしか思えない。

翻って、日銀の審議委員を含めた市場業務でリサーチなどに関わる多くの人々は、勤め人(=雇われる側)の立場にある人たちだ。さらに言えば、日銀の金融政策決定会合のメンバーの中に、たとえば地方の現場をよく知る日銀の全国の支店長達は含まれていない。いわゆる学者とエコノミストのような人たちばかりであり、彼らも当然勤め人なのだ。

まとめると、現在日本の経済を支えるトップ層に経営者の視点、つまり利益と費用のバランスを考えている人がほぼいないから理想論としての利上げと賃上げのサイクルを描いているということ。だから、利益を上げていない状況でも「企業が賃上げできる・しても大丈夫」という浅薄な考えに至ってしまうのだ。

理由②欧米的な発想は日本企業に通用しない

さらに、日本のエコノミストや市場関係者がしばしば語る経済モデルの多くが、日本企業及びその経営者や従業員のメンタリティをリアルに反映しているかといえば、これまた「否」である。

つまり大抵の場合、日本的な雇用慣行を無視した欧米的な発想で労働者と企業が合理的な行動をするだろうという前提で考えてしまっている。

日系企業と純粋な外資系企業とでは、根本的な部分でカルチャーが違えば、社員それぞれのメンタリティも違う。具体的な日本企業の特色を、以下で確認していこう。

1. 「サラリーマン経営者」と「事なかれ主義」

日本の経営陣は多くの場合、内部昇進で選ばれる「サラリーマン経営者」が中心だ。彼らは株主や取締役会からの評価を重視し、短期的な利益確保や安定経営を優先するため、大きな変革やリスクを伴う決定を避ける傾向がある。つまり、任期満了までを「事なかれ主義的に」過ごそうとするメンタリティが強いと言える。

2. 終身雇用制度と雇用リスク

日本の労働市場では、いまだに終身雇用制度が根強い。そのため、人材の流動性が低く、長期的な雇用を維持しやすいというメリットがある。一方で、 企業は従業員を解雇することが難しいというデメリットもある。雇用調整を行う際は、リストラや早期退職制度を利用することが一般的だ。

3. 賃金と雇用はトレードオフ

上記の終身雇用制度を維持するために採られる措置が、賃金を低く抑えることだ。企業は長期的な雇用安定を確保する代わりに、賃金水準を抑制するのだ。多くの場合、その賃金は年功序列で決定され、若手従業員の賃金が低く抑えられる一方で年配の従業員の賃金は比較的高くなる傾向がある。近時は、定年年齢の延長によりますますこの度合いが高まっている。

4. 経営者報酬の低さ

日本の経営者報酬は、欧米と比べて低い。先に述べたように、日本企業の経営者は内部昇進で選ばれることが多く、単にひとつの階段を上がっただけというような文化がある。また高額報酬を求める外部からの経営者も少ないため、競争にされされていないのも事実だ。加えて、日本企業は欧米企業に比べて利益率が低い傾向があり、そのため経営者報酬も低く抑えられる側面が強い。

もちろん、私の考えや認識が既に古くなっている可能性は否定しないが、私が知り得る限りにおいて、状況はあまり変わっていなさそうだ。とりわけ、日本の金融機関は間違いなく今でもこの傾向が強いと言える。

したがって、もし日銀が利上げをするようなことがあれば、日本の景気敏感株をHOLDしておくために、その会社が特に好きであるとか、株主優待が魅力的であるとか、他の理由が必要になると言えるだろう。

まとめ

今回は、日銀の利上げと企業の賃上げに対して問題を提起したが、いかがだっただろう。

現在の日本は、

  1. 利益を上げていない(利益率が低い)
  2. 日本独特の労働慣行がある

という2つの大きな問題を抱えている。

ここを無視して理想論(「日銀が利上げをすれば賃金は上がり景気が良くなる」という考え)を語るのは非常に危険なことだと、私はファンドマネージャーとして思えてならない。

編集部後記

こちらは、Fund Garageプレミアム会員専用の「プレミアム・レポート」の再編集版記事です。
公開から半年以上経った記事になりますので、現在の情勢とは異なる部分がございます当時の市場の空気と、普遍的な知見の皆様にお届けできれば幸いです。
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ファンドガレージ 大島和隆

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