AI技術の将来に描く夢とAIの現実との狭間で

AIスピーカーはまだ買っていません。そのつもりもまだありません。

Amazonだけでなく、AlphabetもMicrosoftも高値を更新する中で、どこのAI技術が一番この先に夢が描けるのだろうか?

正直ベース、僕はまだAIスピーカーは、どこのメーカーのも買っていない。買ってみたら「こりゃ凄いぞ」と勿論思うかも知れないし、「なんだこんなものかと」と思うかも知れない。ただ僕はAIスピーカーを正当に評価出来ないかも知れないという懸念の抱えているから、どうしてもまだ買う気になれない。その一つは、僕らの母国語が英語では無いという事に由来する。だからまだ僕はAIスピーカーを買っていない。

音声認識技術を正当に評価するためには

音声認識技術がどこまで進んでいるのかを、正当に評価しようと思うならば、米国に移民して2年目程度の新人移民レベル程度の英語を話せないとダメだろうと思っている。少なくとも、投資の世界で技術の価値評価をする為には、そうでなくてはならない。だから多分僕自身は正当に評価できないだろうと思うし、まだ待たないとならないと思っている。

「OK、グーグル」も、「Siri」というのも、使う事はあるが、日本語で話している限り、確実に何割かの割合で残念な結果を呼び出してしまう。これが日本語の音声認識の限界なのか、それともAIとしての解析する能力の限界なのか、僕にはまだ区別がつかない。

翻訳ソフトが示す、現状のAI技術の限界

もうひとつ、僕がAIの現状にまだ懐疑的であるそのひとつの理由は自動翻訳ソフトだ。例えばGoogleの翻訳ソフトのようなサービスで、英文から和文、和文から英文、それも音声認識では無くて、テキストベースで認識させるものでさえ、これは凄いと思えるものに、残念ながら僕はまだ出会えていない。

昔あったIBMの翻訳ソフトが凄いということで、必要に迫られて購入したことがあるが、結果はドブに金を捨てたようなものだった。ただそれはまだスタンドアローンでパソコンにインストールして使うものだから諦めもついた。日本語ってワードオーダーも違うし、敬語とかきっと難しいから、たったこれだけのソフトウェア(含むデータ)では難しいよねと。

翻って、Googleのそれは、間違いなくネットを介して使う。訳文を形成しているのはGoogleのクラウドの中のAIの筈だ。無料サービスだから数世代前のAIなのかも知れないが、時に補助的にでも使えないかと試してみても、まず出来上がりに満足したことは無く、結局、単語ごとに辞書代わりに使って、自分で訳していくしかない。

求めているのは「明日の天気予報」レベルではない

そこに音声認識が加わったらどうなるか?「明日のお天気を教えて」ぐらいは基本構文として流石に間違えようも無いと思うが、少なくとも話し相手になるには程遠いだろう。だって文章をテキストで間違いなく入力しても、結果は翻訳ソフトが示している通りなのだから。

話は飛ぶが、映画「トランスフォーマー」に出て来る、いつも主人公に付き添う黄色いスポーツカーに変身するオートボット「ビー」。彼は声帯が故障していて、放送されているラジオの文節を繋ぎ合わせて会話を作る。ブロードキャスティングされているビッグデータの中から、必要な文節なり、単語なりを拾って、瞬時に適切な文章を作って、主人公と会話する。正にAI技術が喧伝している本領発揮の部分である。だからもしかすると、英語の世界ではAIはその水準に近いところまで進んでいるのかも知れない。ただまだ日本語では駄目だ。

AI技術については夢を見たい

AI技術については、夢を見たい。だから中途半端に今の段階でAIスピーカーに手を出して、中途半端に日本語母国語人が故の過小評価を与えたくない。だがからまだ手を出さない。きっと僕がAI技術を日本人として認めるようになるのは、Google翻訳などのサービスが、せめて及第点の訳文を返せるようになってからだろう。

そしてその時起こること、それはAIがホワイトカラーの職業を奪うとよく言われている通り、「英語(英会話)だけが流暢が故に、良い職を得ている人達」の失業だろう。禄に一般事務さえ出来ないのに、英語が喋れるというだけで、今は未だ日本では職がある。ただその段階になれば、日本のグローバル企業はもっともっと強くなる筈だ。だがそんな段階が来そうな気配を、少なくともまだ僕は感じていない。逆に言えば、そこに達するまで、AIという話題はずっと市場の根強いテーマの一つとして生き残るのだろうと思う。そんなファンドに飛びつく人もたくさんいるのだろう。

最後に参考になる記事をひとつご紹介