私が愛したファンド達 -3「さくらCBファンド9404」

そのファンドは1994年4月に生まれた。正確な日付は記憶にない。名前は「さくらCBファンド9404」で単位型のファンド。私が生まれて初めて設計開発した投資信託だ。このファンドに続いて、追加型の「さくらCBオープン」というのも2年後に設定するが、単なる転換社債買いのファンドではないこのシリーズの設計は、当時結構業界で話題になったものだ。今で言うならマーケット・ニュートラルのヘッジファンド型に近いからである。

<設定の背景と位置づけ>

さくら投信も銀行系初の株式100%組入可能な「さくら日本株オープン」の設定に向け、いきなり債券ファンド志向から舵を大きく切り替えたわけではない。そこには正直に言えば、経営の焦りがあったのは事実だが、物事にはちゃんと順番というか、段階を経る必要がある。鳴り物入りでスタートした銀行系ならではの円債ファンドの運用が芳しくいかない状況で、当社はいきなり設立企画時点の経営計画に味噌がつきそうになっていた。その状況を打開するための商品アイデアが「さくらCBファンド9404」(以下「CBファンド」)だ。今風な言い方をすればレピュテーション・リスクを回復させるということか。

1. 販売会社や経営企画部サイドからの要望

今でもこれは大差ないと思われるが、銀行とお取引のお客様が、銀行に求めるものは①が元本の安全性で、②が流動性、③が収益性というのが基本的なニーズ。飛び道具を求めたりはしない。それは銀行直系の投信会社が作る投資信託に対しても同じこと、いきなり飛んだり跳ねたりするような金融商品は完全にアウトオブスコープ。故に私に課せられた命題は「元本割れしないで、株式市場の上昇で儲かるファンドを作れ」というもの。正直、「リスク・リターンはトレードオフなのを無視するのか」と、最初はミッション・インポッシブルだと真剣に思ったりもした。

2. クウォンツ運用時代のノウハウを活かす

88年にファンドマネージャーとしてデビューした私の最初の運用スタイルはクウォンツ運用と呼ばれる「定量分析を使って投資判断を行う」運用。なので、銀行の自己資金の運用の為にインデックス・ファンドを作ったり、系列金融機関のそれを使ってダイナミック・ヘッジ・ファンドを作ったりする一方で、日経平均の先物や日経225オプション、或いはユーロドル・ワラントなどのデリバティブを収益ツールとするファンドを作って運用をしていた。その中にCB、すなわち転換社債のファンドが、開発のアイデア段階で止まっていた。

3. 転換社債の株式的価値と債券的価値を定量的に分離して運用する

転換社債は、企業が資金調達の為に発行する社債の中で、ある一定の価格(発行時に決定)で株式に転換出来る権利を投資家が有する債券。発行体側は債務を資本化されるリスク(発行済み株式数の増加)を背負う一方で、一般の社債に比べて安く資金調達出来るメリットがあるなどと言うのが一般的な商品解説である。だが、金融商品として考える転換社債とは、発行体の一般的な利付き社債と、行使期間が長いコール・オプションの合成物と捉えることが出来る。前者が債券的な価値の部分であり、後者が株式的な価値の部分である。これを有名なオプション価格の計算式である「ブラック・ショールズ・モデル」に当て嵌めて考えると、当該転換社債のコール・オプションの株式的価値の部分を計算することが出来る。転換社債価格からこの株式的価値の部分を引いた残りの価値が債券的な価値という事になる。この二つを別々にマネージすることでファンドのパフォーマンスを向上させようというアイデアに、今回は日の目をあたようと思った。逆に言えば、こういう現代で言うならオルタナティブ的な運用を考えないと、買った売っただけの運用では、どうにもニーズを満たせそうになかった。

4. 元本の安全性をどうやって担保するか

リスク・アセットを組込む以上、元本割れのリスクは必ず存在する。おまけに販売時の手数料や運用報酬(信託報酬)を徴求するのだから、基本的にはファンドは組成した段階から元本割れのリスクに晒されるのが普通だ。だが、ファンドの中身から発生するインカム・ゲイン(利息や配当金)で賄える範囲でリスクを取るならば、理屈の上では元本を保全することが出来る。実は投信会社を立ち上げる前の投資顧問会社に居た時、系列金融機関から受託した特金(特定金銭信託)を使って、この発想の株式ファンドである「ダイナミック・ヘッジ・ファンド」を運用し、見事荒波の中で元本を保全してお客様に大変喜んで頂いたことがあった。要はポートフォリオ・インシュアランス理論を利用した、キャッシュ・バランスの調整である。そしてキャッシュ部分のインカム以外にインカムに似た収益を出せるリスク・アセットの組入、若しくはその運用方法があれば何とかなるというのが、私のアイデアだった。

5. 株式的価値の分でインデックス・ファンドを作り、日経225オプションでヘッジする

転換社債の株式的な価値の部分は計算で導き出すことが出来るという事は先程話した通りだが、これを集めてなるたけ幅広いセクターに多数の銘柄で投資することが出来れば、インデックス・ファンドが理論上組成可能だ。その為には50銘柄以上の業種分散された転換社債が必要だが、当時の市場では充分な量の転換社債が供給されていた。そこでシミュレーションとバックテストを正式にスタートすることとした。

A) ATM(アット・ザ・マネー)の転換社債を探す

オプションは、その原資産価格と行使価格の水準によって、OTM(アウト・オブ・ザ・マネー)、ATM(アット・ザ・マネー)そしてITM(イン・ザ・マネー)の3段階に分類すること出来る。OTMは行使価格水準に比べて原資産価格が極めて下にあるため、株式的な価値が殆ど無い状態であり、逆にITMは原資産価格が行使価格を遥かに上回るため、既に株式に転換したも同様な値動きを示す状態あるものを言う。ATMは原資産価格が行使価格界隈にあり、最もオプションとしての価値が美味しい水準で、原資産価格の変動率に対する追随率は50%程度となる。こうしたATMの状態の転換社債をこのファンドは投資対象とする。

B) ATMの転換社債でバスケット組んで、インデックス・ファンドを組成する

ATMの転換社債ばかりを50~100銘柄集め、その株式的価値を個々にブラック・ショールズ・モデルで計算により割り出し、そのデータをポートフォリオのリスク特性を計算するバーラ・モデルにぶち込む。これによりどの銘柄をどの程度保有すれば、その株式的価値の部分がインデックス・ファンド(β=1)の状態に近づくかを知ることが出来る。また組入れる転換社債の残存期間は、想定運用期間の7年以内とした。つまり転換社債は基本的には行使されない限りパー償還(元本)なので、ファンドの信託期間内に償還されれば、オーバーパーで購入した部分を除き、元本は保全されるからだ。

C) 日経225オプションを売建て、バーティカル・ブル・スプレッド戦略を取る

上記の操作までで、転換社債を使った、実際には転換社債のコール・オプション部分を使った日経平均連動型のインデックス・ファンドが組成出来たことになる。あるコール・オプションに、それより行使価格が高いコール・オプションを売り建てすると、バーティカル・ブル・スプレッドという戦略を作ることが出来る。本来は同じ限月、同じ残存期間のコール・オプションで組成するのが正しいのだが、実務実行性を考えて、この転換社債バスケットに対して、当月限月のOTMコール・オプションを売り建てることで、疑似的に毎月このバーティカル・ブル・スプレッドを組成することとした。

D) シミュレーションとバックテスト開始

コンセプトは固まったが、シミュレーションやバックテストを充分行うためには、残念ながら当社のインフラは脆弱だった。というより貧弱だった。なので当時の勧角証券の転換社債部のお力を借りることにした。この「私の愛したファンド達シリーズ」の「アナライザー編」をお読み頂いた方はご記憶の通り、例の先物デスクのチーフトレーダー山田さんに相談して全てをアレンジして貰ったのだが、このコンセプトがきちんとワークするのかどうか、また適切な売り建てOTMオプションの行使価格水準と、ファンド全体の組入比率をヒストリカル・データを元に割り出し、実務上元本保全できる組み合わせを見つけるのが本テストの主眼だった。

E) コンセプトはワークした

まず、売り建てるオプションの水準をどこにするかが問題である。あまりATMに近ければ、翌月のSQで大きな損失を出してしまう可能性が一気に高まる。逆にOTM過ぎると踏み上げられることは無いが、殆ど収益を生まず、拠って転換社債のバスケット自体がそれほど組入れられず、パフォーマンスも上がらない。何度も何度も過去データを使ったバッチ処理を行い、複数の組み合わせのバックテストをした結果、転換社債バスケットの組入比率を60%~70%に保ち、毎月SQの日に、ATMから2本外側にOTMになっているコール・オプションを売り建てることで、元本を毀損することなく、それなりな収益を上げることの出来るモデルが完成した。

6. 社内プレゼンテーションから販社へプレゼンテーション

まずは社内の経営陣を説得しないと、営業には持っていけない。また悪いことに、今回のこの原稿でも既にそうなってしまっているのだが、専門用語というか、カタカナとアルファベットが多い。結果何が起こるかと言えば、プレゼン中の居眠りである。この手の内容のプレゼンでは何度も辛酸を舐めてきたが、今回も同様だった。はっきり言って、経営陣は琵琶湖を三周ぐらいは回るほどに船を漕いでいた。だが結論として元本を保全した上で、そこそこの収益を確保出来るスキームというポイントだけは聞こえたらしく、販社向けに営業を掛けるOKが出た。販社に出向いて説明した時も、どの会社でも舟漕ぎにいそしむ人は出たが、結論として全てについてGOサインが貰え、無事ファンドを設定することになった。

7. 実弾運用とバックテスト・シミュレーションの違い

シミュレーションの結果は良いのに、実際に始めてみると上手く行かないというケースは、こうしたクウォンツ的なアプローチのファンドの常識だが、ご多聞に漏れず、このファンドでも何度も苦い経験をした。最初のそれは転換社債を集める時に起こった。所謂玉集めであるが、市場データ上ではまだ残存している筈の転換社債の銘柄でも、どこかの生保か信託銀行の蔵の奥に収まってしまっており、どこに手を回しても調達が出来ないため、銘柄を変えたり、回号を変えたりすることが頻繁に発生した。また、バックテストではよくあることだが、バックテスト上では殆どコール・オプションの売り建て部分がSQで踏み上げられて大損を出すことは無かった。というより、バックテスト期間中ではそうならないOTMを選んだから当然なのだが、実際運用を始めると、いきなり3度目のSQで大きく踏み上げられた。当然、転換社債自体が値上がりしているので総合損益では狙い通りなのだが、経営陣には「オプションも利益になると言ったじゃないか」と散々詰られた。何度も「転換社債とオプションを別々に考えないでトータルの損益を見てください」と抗弁したが、当時の経営陣の頭は固かった。ただ一方で、販売会社の方は分かってくれていたし、結果には満足してくれていた。

8. 無事、元本割れをすることなく償還となる

単位型投信信託としては信託期間7年は割と長めであった。ただ、ファンド組成時、市場で流通している転換社債で、このコンセプト(元本の保全を図る)の運用をするのに充分な転換社債を手に入れるには、この長さが必要だった。全ての転換社債がファンドの償還前に償還されること、そして基本的には当初の銘柄を入れ替えないという前提で走ったからである。ファンドの残存が1年を切る頃には、だいぶ組入も減り現金比率も高くなったが、初心貫徹、そのままファンドはハッピーエンディングを迎えさせることが出来た。

9. 途中からチームの部下に任せる

実は運用の後半は私自身が細かいオペレーションはしていない。実はこれには二つの意味があった。ひとつは私が日米欧の株式をボトム・アップ・リサーチ・スタイルで現地まで追い掛け回していたり、投資家向けの説明会などで極端に多忙になってしまったこと。もう一つは、お分かりの通り、このファンドは定量面、定性面の両面においてファンド運用の多くのエッセンスを持っているため、監督者のもとで初級者のトレーニングに使うのに最適だったからである。彼は立派にその役割を果たし、幾つかの許される範囲での改良を加え、本人もファンドマネージャーとして成長する傍ら、ファンドも無事に当初目的を適えて償還することが出来た。

10. 後日談

実は、このファンドを設定してから約2年後、このファンドの弟分となる「さくらCBオープン」という追加型のファンドを設定している。確か信託期間は追加型では標準的な10年間で組成した。商品開発から運用まで携わっている身としては、嬉しい限りだったのだが、このファンドのパフォーマンスを見て「欲しい」と思って下さる方が思いの外多かったという事である。それが故に、今度は販売会社の方から「同様なスキームでまたCBファンドを出しては貰えないか」とニーズをぶつけられたからだ。残念ながらこのファンドは単位型なので、追加で買う事は出来ない仕立てなのも、希少性に拍車をかけたのかもしれない。

11. 「さくらCBオープン」誕生

「さくらCBファンド9404」は、株式的なフレーバーを醸し出しながらも、本当は(意地でも)元本割れは許されないファンドであった。故に、ファンドの信託期間内で償還される転換社債を買い切り・持ち切りで保有すること、どんなに上げ相場と想定しても、組入比率は固定とすることなど、ガチガチなルールの下で運用された。しかし、人の先入観なんていい加減なもので、CBファンドの成功を見るなり「もっと積極的なファンドにしても良かったな」とか、「多少の元本割れリスクはあっても、アップサイドをもっと期待出来る方が売れるな」というものに変わっていったのは小気味良かった。要するに商品開発兼担当運用者としては勝ったのだから。「さくらCBオープン」は転換社債の組入に制限は無し。日経225オプションの売り建てにもある程度自由度を持たせるなど改良し、追加と解約が自由に出来るオープン型投資信託とした。結果、初期募集から四大証券も一角も販売に参画してくれることになり、初期設定額は約230億円と、当時の業界水準からすると、かなり大成功なファンド設定となった。またこのファンドも、後半は部下に任せている。門前の小僧習わぬ経を読むではないが、彼も非常に良くやってくれた。お陰で「さくらCBオープン」もモーニング・スターのファンド・オブ・ザ・イヤーを獲得することが出来た。