連載11 新入行員諸君!リスク商品でござる(お客様を知る_6)

3つ目の項目は「市場に参加する心の準備が出来ているか」という観点

前回までで、お客様を知る上で押さえておきたいポイントとして二つ、「リスク許容度」という考え方と、日々の市場変動に対する「落ち着き, 沈着, 平静、冷静さ」といった意味の「Composure」という概念について綴ってみた。ここまではご理解頂けたであろうか?長期のリスク変動に対するお客様の考え方と短期的な市場変動に対する感じ方が分かったら、次に知りたいことは、お客様が「市場に参加する心の準備が出来ているか」ということになる。お腹が空いていない彼氏/彼女をいくら高級なレストランに連れて行ったとしても、その効用は空腹時の半分以下だろうし、ペコペコにお腹が空いている彼氏/彼女ならば、公園の屋台のホットドックとコーラの組み合わせでも、2人の間には最高の笑顔が広がる筈である。(そうならないとしたら、それは貴兄/貴女の他の問題かも知れない)これが「心の準備が出来ているかどうか」ということである。

1. 海の中に初めての一歩を踏み入れる時のようなもの

スキューバダイビングのインストラクター・ライセンスを持っていることもあり、友人知人を中心に、初めてのダイビングにお連れすることは案外多い。ダイビングと言われて思いつくポジティブなイメージは「碧い海、たくさんの熱帯魚、ウミガメやイルカとの出会い」などなど綺麗で、気持ち良さそうで、リラックスしそうなものだろう。だが同時にネガティブなイメージとしては「荒れた灰色の海、映画JAWSのような人喰いザメ、ウツボなど狂暴そうな魚との遭遇」、そして何より「溺れたらどうしよう」というものがある。

普通の場合、初心者の人はそのポジティブなイメージに浸り、それを実体験したくて、ネガティブなイメージの部分を心の片隅に押しやるか、インストラクターを質問攻めにするなどして、何とか心の中の折り合いをつけて、海の中へ初めての一歩を踏み入れる。そして大抵の場合、多少海の状況が悪くても、海から上がってきた最初の一言は「楽しかったぁ。凄いきれい、挑戦してみて良かったぁ!」という喜びの声となる。ふふふ、これでインストラクターの勝ち!インストラクター冥利に浸りながら、また1人、海人が増えたとほくそ笑む。

2. 投資の世界に一歩足を踏み出すのも、これと同じようなもの

8月14日の日経新聞朝刊が「動かぬ個人資産1800兆円(1)投機か預金 育たぬ投資家」と現実を嘆いて見せるが、それは上述のインストラクターのような上手な水先案内人が居ないからだ。今になって金融庁に言われてFD宣言している金融機関が殆どだが、きちんとお客様の心に寄り添うインストラクターが居れば、きっと答えは違ってきていただろう。正直、今までの金融機関の営業スタイルは、銀行も証券もなく、金融機関の収益に寄り添いすぎた。

ダイビングの世界でも、経験のない人に海の中の話をすると必ず聞かれるのが「サメとかにあったりしないのか?」という事と、単刀直入に「エア切れで溺れたりしないのか?」という耳学問で膨らんだ沢山のハテナ?だ。丁寧にひとつずつ疑問を解きほぐしていくと、大体次は費用の話になり、既に気持ちは「ダイビングに行きたい!」という方に傾いている。お客様が投資という世界に、どのような心理的なハードルを持っているかを把握し、そのハードルを丁寧に解きほぐしてあげること。これが出来れば、お客様は既に半分以上、投資の世界に足を突っ込んでくれたのと同じことになる。誤解無きように言うが、決して怪しい、如何わしい世界へ誘うというのでは無い。

3. まずは耳学問の多さを質す

インターネットの発展により、ブログやSNSで個人が自由に情報を発信出来るようになった。それはそれで大変素晴らしいことなのだが、Fake News(虚偽の情報)と呼ばれるように、中には間違った情報や、意図的に誤らせようという悪意の情報までもがネット上を駆け巡っている。有り体に言えば、胡散臭い輩も尤もらしくきれいなWebサイトやSNSで情報発信しているという事だ。

実は大変残念なことなのだが、大手の金融機関のSNSだから正確な情報が綴られているというのも善人過ぎる解釈なのが事実。コンプライアンスでのチェックは完了していても、コンテンツそのもののチェックはされてなく、執筆を任されたものの独断であったり、自社商品販売の為のワンサイド・インフォメーションであったりすることは日常茶飯事である。商品パンフレットに悪いことはあまり書かれていないと言えば、ご同意頂けるであろう。まずはそうしたところから、どの程度の耳学問をされているかを見極めるのが肝要である。

4. 取引金融機関を探る

ひとつのヒントは、どの金融機関と取引があるかを探ることである。おおよそのことは、その方の取引金融機関からヒントを得ることが出来る。銀行か証券会社か、日系か外資系か、大手か中小か、といった形式論だけでも大体の耳学問の内容は推量は出来るものである。何故なら、同業他社が何をやっているかを知ることこそ、孫氏の兵法の基本だと冒頭でも説いた。上司、先輩、同僚、或いは業界仲間などから幅広くそれらの情報は得ることが出来る。

5. 過去の取引経験を探る

もうひとつ大事な情報の宝庫は、過去にどんな金融商品の取引をされていたかである。可能な限り遡って聞き出せることが望ましいが、時系列で話してくれる方など、まず100%居ないと言っていい。まずは話の流れの中で、市場で話題となったイベントの時にどうしたかを聞いてみるのもひとつの手だ。例えば「バブルの頃のこと」を「私はまだ産まれてなかったのでバブルの頃のことをよく知らないのですが、上司などは色々な経験をしたようで・・・」などと振り出してみる。お客様の方から「あの頃は面白い位に儲かったねぇ」とポジティブな答えが来るか、「あれで酷い目にあったわ」とネガティブな答えが返るか。この探りひとつで、お客様の投資に対する心理的ハードルが多少見えてくる。勿論、前者は前向きであり、後者は「どう酷い目にあったのか?」を解きほぐさないと、預金からお客様が出て来られることはまず無いであろう。

6. 子供の頃に溺れた経験がある人にダイビングを教える

酷い経験をした人でも、それを乗り越えられた例をスキューバ・ダイビングの話からひとつ綴ってみよう。実は結構な割合で出くわすが、幼児期に溺れた経験があり、本当は水自体が怖いという人が居る。その事実を、さあはじめようかと海辺について段階でカミングアウトされたりする。この心のハードルはかなり高いが、それこそインストラクターの腕の見せ所でもあり、実は燃えるところでもある。笑顔で「大丈夫だよ、ちゃんと教えてあげるから」と決して慌てない。

まずはカウンセラーの気持ちになって、慌てずに当時の状況(何が起きたのか)を聞いたり、一方で水辺で足を水につけたり、器材に触って貰いながら役割を説明したり、兎に角、リラックスした状態でもう水辺に居ることに慣れて貰う。水が怖いと言っている以上、いきなりバシャーンと水に飛び込むなんてのは以ての外、まるでゆっくり露天風呂に入るかの如くに緩々と一緒に水に入る。必要ならば手をつないで入ってあげる。重い器材はインストラクターが肩代わりして持ち、本人は身軽なまま水と戯れて貰う。

ウェットスーツを着ていれば、まず水には沈まないので、その浮力や浮遊感を楽しんで貰う。その上で暫くしたら、初めてマスクと呼吸器だけを口に咥えて貰って、顔を水にそっと上からつけて貰う。マスク越しに見る初めての水の中、でも息が出来るということを知って貰う。海底(と言っても足元)に居る小魚などの説明をしたり、水中じゃんけん大会をしたり、先ずはダイビングの器材さえあれば、不安なく顔を水に浸けられることを実感して楽しんで貰う。相手の心のハードルの高さに合わせて、慌てずにゆっくり時間を掛けてあげれば、やがて必ずその状態を楽しんでくれるようになる。最初の一日目は、最悪それだけで終わってしまっても仕方がないぐらいの覚悟で丁寧に教えてあげれば、今までの経験上、子供の頃に溺れたことがあるという人でも、殆どの人が心のハードルを克服して立派なダイバーとなってくれた。

きっと投資の世界も、お客様の気持ちに寄り添って、心のハードルの高さに合わせた導き方をしてあげれば、きっと自ら飛び込んでくれるようになる。何故なら、その先にある世界がどんなに素晴らしい面を持っているかの耳学問は充分にされているのだから。